「平和主義者」が戦争を生む  

前回の「真田丸」でとうとう和睦が成立し、無敵の城塞大坂城は堀を埋められて無力化、最強の砦真田丸はあっさりと破壊されることになった。

無論、この僅か四ヶ月後に夏の陣が起こり、大坂城は落城し、城内の女子供も皆殺しにされ、豊臣家は滅びる。

あれ観ていて、ホントにバカな話だと思ったんだが、結局、戦争に反対し平和を望むものが結果として次の戦争を生み、無残な結果を引き起こす。
地政学や軍略に考えが及ばない者が、結局戦争を引き起こすことになる。

「平和主義者が戦争を生む」は、英国政治家・チャーチルのことば
http://www.seisaku-center.net/node/863

ドラマでは「大蔵卿局」が交渉役の「お初」の助手として随行するが、徳川方の「阿茶局」に押し切られる形で合意させられる。

ここで大蔵卿局は、元来大坂城引き渡しには反対ではあるが、城内に浪人衆が大勢いることには不安を感じている。
自らの武力では徳川に太刀打ちできないため、傭兵として集めた軍人たちだが、大蔵卿局はいつ裏切るかも知れないと不安を感じている。
なので彼女は、戦争が終わればもう平和なんだから敷地内に軍人が駐留することに反対し、すぐに撤退してもらうつもりでいる。

大蔵卿局は、大坂城に軍事力が無くなれば、傭兵はいなくなり、戦争などしなくなる、と思い込んでいるのだ。
現実が全く逆であることは史実をみれば明白だ。

傭兵が居るから戦争になるのではなく、傭兵が駐留することによってパワーバランスが保たれており、戦争抑止力となっているのだ。

そう、ずっと城内で10年以上平和に暮らしていた彼女は「すでに戦争は終わっていて平和な状態である」と平和ボケしているのだが、駐留している幸村たち軍人にとっては、まだ軍事力が拮抗している=パワーバランスが保たれているから平和が保たれているに過ぎないことは判っている。
「戦闘」は一時的に終わっているが「戦争」は終わっていない。

結局、大蔵卿局が合意した(歴史的には、お初が交渉人として締結したことになっている)ことによって軍事拠点は無くなり、一気にパワーバランスが崩れたため、徳川方は夏の陣で攻め込み、豊臣は全滅する。

平和というのは、軍事力の裏付けがない限り、保たれるものではない。

第二次世界大戦後に就役した米空軍戦略爆撃機B-36の愛称が「Peacemaker」なのはご存じだろうか?
これは大戦終結後の世界が超大国同士の冷戦状態になったため、核兵器を搭載した戦略爆撃機がお互いにスタンバイし、相手の攻撃を抑止しあうことによって平和が保たれる、という意味だ。

もちろん全人類全てが武器を持たず、互いを尊重し合うことが出来れば真の平和となるが「日本死ね」なんて平気で言う人たちがいる以上、それは夢想に過ぎない。


琉球王国の王朝が、琉球全土を掌握し統一した際に、「刀狩」を行い、琉球全土から武器を無くした、と言われている。(尚真王)

これは国内の反乱分子から武器を奪うことによって国家権力を守るという意味もあるが、同時に国家権力に武力を集中させるという意味もあるようだ。
よく言われるような「非武装中立化」のためではない。それは秀吉の刀狩と同じだ。

しかし、琉球王国が平和的な貿易や外交によって栄えた王国であったことは確かで、決して軍事力は高くなかった。

そのため、最新鋭フル武装の島津藩精鋭部隊3000の兵による侵攻を受けた際、易々と降伏を余儀無くされ、以降沖縄は日本領となってしまう。
当時の琉球語(独立したアルタイ語系言語)は今ではほとんど通じなくなってしまっているなど、日本による文化侵攻も受けている。

もちろん、なぜ島津が琉球を侵攻したのかは、南西諸島が南蛮貿易(最新鋭の武器など)のルートであり、ここを制することが日本のシーレーンを制することになるのは、現代でも同じ。

日本がなぜ南シナ海問題に首を突っ込んでいるのかは?そこが日本のシーレーンであり、まさにチョークポイントだということだ。


戦闘が終わっているため平和であり、だから武力を引くなどとは、愚かな考えだ。
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