中学の頃、乳首が取れそうな怪我をしたことがある。
道で物凄い勢いで走り去る猫を見ると、今でも乳首が疼く。
田舎の冬の風呂場は沸かしたては氷点下。めっちゃ寒い。
まずお風呂のふたを外しておき、超速で服を脱いで湯船に飛び込んだら、目の辺りまで深〜く沈み込んで体を暖める。まず体を温めないことには何も出来ない。
その日も寒かった。
いつものように熱い湯に深く沈み、体があったまるまでジッとしていた。
2〜3分は動かずにいたような気がする。
まばたきをすると、目の前の空間に「猫」がいる。
(な!?)
空中に猫の「ピッコ」が浮かんでいたのだ!
ピッコは最初自分の足元を見ていた。
が、すぐに異変に気付いたのか、目が何かを探しはじめ、すぐに私と目が合った。その目は次第に大きく見開かれ、同時に四肢がまっすぐに伸び、手足から鋭い「爪」がニュッと現れた。
私も異変に気が付いた。ピッコがお湯に向かって落下し始めている。
だが突然のことで体が動かない。私も目が大きくなっただけだった。
ピッコの前足が私の顔に向かってくる。「爪」も。
私はわずかに頭を引いた。しかしピッコも必死だ。さらに前足を伸ばしてくる。
(サクッ)
紙一重で眼を守ることには成功。しかし「爪」は私のほっぺたに突き刺さり、そのまま引っ掛かることなく皮膚を切り裂いた。
(切れたっ!)
ピッコは私の眼を見つめたまま、さらに落下を続けてついにお湯に着水。
(ハッ、コイツ溺れる?)
私は反応して右手を上げた。ピッコの前足に触れる。
その瞬間ピッコの前足と左後ろ足が私の右腕に巻き付き、12本の爪が突き刺さる。そして右足が私の胸を捉え、1本の「爪」が乳首に引っ掛かった。
(プスッ)
感覚でわかった。乳首の皮膚を爪が突き破る感覚だ。
そして微かにピッコの筋肉が収縮する気配。
(ヤベッ)
このまま駆け上がられたら私はズタズタにされる。
その恐怖に思わず腕を下げてしまった。
顔までお湯に沈むピッコ。
ピッコは溺れる恐怖の中で右足の1本の爪に全体重と全パワーをかけた。
(ブチッ)
ピッコは私の乳首を踏み台にして顔を水面に出すことに成功。
続いて私の胸や肩に爪を突き立て、最後に耳を蹴飛ばして湯船から脱出した。
廊下をドタドタと走り去る音が聞こえ、しばらくして茶の間から父と母と姉の悲鳴が上がる。
母が怒鳴り込んできた。
「あんだピッコに何しただっ ヒエッ!?」
そこには血だらけで呆然とする息子がいた。
顔からも腕からも肩からも血を流し、乳首からはポタポタと血が・・・
「お、おれ、なにも、なにも・・・い、い、いでぇ〜」
乳首の傷はひどく、あまりの痛さに2日後に病院へ行った。
しばらくの間、乳首にガーゼと絆創膏を貼り、これ幸いと体育の授業を見学したりした。
私はドアをちゃんと閉めていなかった。
ピッコは、お風呂のふたの上でぬくぬくしたかっただけなんだ。

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