2005/7/13

覚王寺の仁王像(旭町)  綾部の文化財

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山家資料館々長 塩見光夫氏より、次の投稿を頂きましたので掲載します。もと願成寺と言ったが、廃寺同然となっていたものを、山家谷家第二代藩主衛政が菩提寺とし、又第三代衛広の帰依厚く、方丈、庫裏、阿弥陀堂、仁王門、鐘楼を造営し、寺観を整えた。明治維新後、旭町の住民のみでは守りきれず、この仁王像が海外に売られようとしたのを止める為に「当会」が発足した理由であります。現在この仁王像は京都国立博物館に保管されほぼ十年に一回陳列展示される。(一)金剛力士像(阿形)・覚応寺伝来・木像彩色・鎌倉時代、京都府綾部市の覚応寺に伝来。筋骨などの部分を誇張しながら穏健にまとめ上げている。丹波地方を代表する仁王の一例。(二)金剛力士像(吽形)口を結ぶ阿形に比べて力感表現を主とし、それ故に全体のまとめ方に失敗した感もある。力み過ぎが一種の滑稽味を生んだ。(いずれも京都国立博物館の解説による。)



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