2011/1/30

丹波市立植野記念美術館で富岡鉄斎の絵画展を見る  文化財研修記

昨秋に舞鶴市の友人夫妻に誘っていただき「丹波市立植野美術館の丹波美術大賞展」を見に行きました。今回は母親が黒井出身であったという「富岡鉄斎の絵画展:2月20日(日)まで」があり見に行きました。併催「館蔵名品展ー中国花鳥画の世界ー」
春日町よりJR石生駅・水分れの城山トンネルを抜けると氷上の信号があり左折して加古川をわたったところ。

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丹波市役所近くの加古川をわたるとギリシャ神殿風の大理石の豪華な建物
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2階入り口に登る石段の途中のモニュメント「豊かなアジアと共に地球丸」
平成6年11月2日 寄贈 財団法人 植野アジア芸術文化振興財団 理事長 植野藤次郎
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入り口の「富岡鉄斎の絵画展」 併催「館蔵名品展ー中国花鳥画の世界ー」のペナント
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入場でもらったチラシ 表面
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入場でもらったチラシ 裏面
富岡鉄斎は、1837年(天保7年)京都三条通新町東にて、法衣商の次男として生まれました。なお母の「絹」は現在の丹波市春日町出身です。
幼少時より家学とされた石門心学はじめ国学、漢学、陽明学等広く諸学を修め、青年期以降は南画をはじめ様々な絵の流派を学びながら独自の世界を形造っていきました。
生涯に1万点にのぼる作品を遺し、1924年(大正13年)その生涯を閉じました。

鉄斎の生き方が表現される際、「万巻の書を読み万里の路を往く」という言葉がよく引用されます。・・北海道までも足を伸ばしつつ日本の津々浦々を踏破し、それぞれの地域の風物を活写しています。・・

また母の絹(1810?〜1895)の出身地が丹波市春日町にあるところから、鉄斎の人柄を偲ばせる書簡等の地域にのこる資料も併せて展示します。

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美術館から丹波市の山々(霧山)をみる




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