2009/12/7

歴史街道浪漫・横峠  図書紹介

12月6日(日)催された歴史街道・横峠越えで資料として素晴らしいパンフレットをいただいたので紹介します。出版:山家今昔写真の会、〒629−1263綾部市鷹栖町後田32山家公民館内 製作:アイデア工房ぱらだいすトマト(奥平晃己・大西順子)執筆:川端二三三郎氏
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歴史街道浪漫 横峠
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田辺の殿様も私たちの祖父母も通った
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田辺藩の京街道     
 横峠は郡内の山家郷と八田郷をつなぐ連絡路としては古くから利用されていたが、広く京都と丹後田辺を最短距離で結ぶ要地として注目されるようになったのは近世初頭のことである。
 天正10年(1582)本能寺の変直後、豊臣秀吉は明智光秀を打ち破って丹波国を蔵入り地とし、子飼いの谷衛友を山家に配置して丹波・丹後国境地帯の警備を委ね、前年から丹後制圧に腐心していた細川幽斎・忠興父子を支えさせた。関ケ原の戦い後、田辺の領主は京極氏(十二万石)・牧野氏(三万五千石)と交替したが、細川氏以来の城下町としての位置には変わりがない。京街道沿いの鳥居野では細川氏が京街道のつけ替えを行ったという伝承がある。梅迫が内谷の出村から町場に急成長をとげたのも、梅迫谷氏陣屋の設置とともに京街道の発達によるところが大きい。

タグ: 歴史 



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