2009/10/30

山で柴や木を切る村人を災難から守る神を祀る山の神神社  綾部の文化財

先の記事「台風で倒れ存在しない山口神社の古木100選」で、この神社の背後には丹波の国境の「若丹国境:(若狭・丹波国境=綾部市境)の山々」と若狭、美山町へ通う峠道が連なっている。その山々の山名(三角点名)、峠名に私の登った登山記をリンクして示した。
鳩ケ峰(△川上:574.3m)管の坂(萓待坂)△小脇谷427.4m―尼公峠△横谷573.0m−尼来峠頭巾山(△納田終村:871m)天狗畑(△河端:848.3m)
まさにその入り口に当たる「山の口=山口神社」なのだ。との愚考と「水源の里」に相応しい山ノ神:大山祗神を祀っている神社だと披露した。

「山口神社」と「山の神」の違いを、綾部の文化財を守る会の事務局長・綾部史談会会員の四方續夫氏に問い合わせたところ、早速次の回答をいただいた。

1.山口神社は通常:大山祗神(おおやまつのかみ)を祀り、山の街道筋に有ることが多いとのことです。10月28日高津八幡宮塩見有紀宮司の話。
2.山ノ神は各村の(現在は町区)のやまにあります。之は山へ柴や木を切る村人を災難から守ってもらう為の神さです。
 小生の住む多田町にもあり、多田町は6組で構成されており、毎年各組が交代で年一度お祭りします。

地元の歴史に疎い私には、綾部史談会の山崎巌会長をはじめとする先生方や関係者から、いつも地方史について教示をいただけることは感謝の限りである。

神宮寺町山ノ神にも山之神神社がある。
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薄暗い木立の中に山之神神社の鳥居が新調されている
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山之神神社の覆い屋、中に以前からの小宮がある
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山之神神社の由来記
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山の神池
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藤山池、昔は西崎池と呼んでいた

私の山の神の思い出・・
大阪の空襲が激しくなった終戦前の昭和20年3月の大雪の夜に、母や祖母、母の妹や私の弟妹と一緒に、トンネルに入ると煙が立ち込める山陰線の列車にむせながら、綾部に疎開してきました。私が小学校3年生の時でした。神宮寺の山ノ神に父が家を買っていて、そこで私と3才・6才違いでまるで姉のような母の妹たちと2家族一緒に暮らしました。近くに山の神が祀られていました。上の池(山の神池)と下の池(西崎池)があり、魚釣りや蛙釣りなどをして遊びました。空襲警報が鳴ると、綾部尋常小学校から走り、西福院から山の中に入り、西崎池の裏まで山道を通り帰りました。この山の中でも山道横に畑が作られ、私も手伝いました。時にはドングリや松かさを拾う勤労奉仕がありました




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