2009/9/7

北陸の文化財を訪ねて!第5回(最終回)国宝の梵鐘を持つ織田信長公氏神の「劔神社」  文化財研修記

福井県丹生郡越前町織田は織田信長公の祖先の故郷です。織田氏の祖は越前織田の荘の荘官でこの越前二の宮「劔神社(つるぎじんじゃ)」の神官として代々奉仕してきた由緒ある家柄でした。応永年間(1394〜1427)に神官の子に常昌(つねまさ)という立派な人物がいましたが、時の越前の守護斯波(しば)氏にその才能を見出され、家臣として取り立てられ、尾張の国に派遣されます。苗字は故郷の地名をとって織田氏を名乗りました。織田氏は次第に尾張で勢力を伸ばし、守護代にまで登りました。信長の時には尾張一円を掌握し、更に日本全国に雄飛するまでになりました。信長は戦国の乱世にあっても、劔神社を氏神として深く尊崇し、武運を祈ると共に、多くの神領を寄進し社殿を造立するなど、劔神社の保護と住民の治安に尽くしています。天正十年(1582)信長は本能寺の変であえない最期を遂げ、天下統一の夢は消えましたが、織田の人々は信長の功績と威徳を偲び、劔神社の境内に小社を建立し御霊を祀りました。小松建勲(こまつたていさお)神社といいます。ちなみに織田氏の家紋は「織田木瓜紋」(五つ木瓜紋)ですが、当社の神紋も同じ紋章であります。当社の御祭神は素盞鳴大神(すさのおのおおかみ)、気比大神(けひのおおかみ)、忍熊王(おしくまのみこ)の三柱ですが、境内摂社末社では、織田神社(福井県指定文化財)、奇稲田姫神社、薬師神社、小松建勲神社(祭神:平重盛公、織田信長公)、水木稲荷神社などがあります。
尚、国宝の梵鐘は鐘身に神護景雲四年(西暦770=宝亀元年)との銘がある梵鐘でこうした紀年銘を持つ梵鐘は他に、二つありいずれも国宝です。京都の大本山妙心寺の梵鐘、奈良の興福寺の梵鐘です。

1.劔神社正面
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2.拝殿
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3.拝殿内部を見る
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4.本殿案内駒札
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5.見事な拝殿後部から本殿を見る
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6.織田神社駒札
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7.織田神社
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8.小松建勲神社駒札
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9.小松建勲神社(手前)
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10.御神木
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11.水木稲荷神社
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12.宝物殿(内部に国宝の梵鐘や重要文化財、織田信長・徳川家康・柴田勝家、朝倉氏等の古文書を所持しています)
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13.国宝・劔神社の梵鐘(総高109.8CM、口径76.5CM、第49代光仁天皇(770〜780)のご奉納と言われています)
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14.昼食は神社前の和惣菜食べ放題で680円の定食が魅力の「じんべえ」がお勧めです。
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15.織田信長公と豊臣秀吉公の「感状」は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/638.html



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