2009/8/15

名古屋の文化財を訪ねて!昼と夜のライトアップその8。(最終回)愛知県の国宝・犬山城(白帝城)  文化財研修記

愛知県犬山市の国宝の天守閣を持つ「犬山城(別名:白帝城)」はいつも高速道路上から見ているが、実際には登ったことがなかったのでこの際、帰路の道筋が少し長くなるだけなので、豊臣秀吉の生家の変わりに見学することに決めた。国宝の城は日本に四城ある。この犬山城、彦根城、姫路城、松本城である。この犬山城以外は再三見学しているがホームページを開始してから5ヶ年内では訪れていなくHPには掲載もされていない。この犬山城は四城のなかでも、最も古い城であり濃尾平野を流れる木曽川の左岸にそびえるる犬山城。天守閣は戦国時代から江戸時代かけて造られた天主の中でも松本城天主と共にもっとも古い遺構の一つである。本丸は美濃(岐阜県)を望む尾張(愛知県)の最先端の岸壁に建つ。外部は三層、内部は四階からなる天守は一、二階を慶長六年(1601)頃に小笠原吉次が建て、その後、元和(げんな)三・四年(1617〜1618)頃、大きく反った唐破風が美しい望楼(三、四階)が造られた。第一層の平面は台形で、南北の端に小さいな櫓がつく。この様式は居城に物見のための楼をのせて成立したという初期天守建築の成立過程を示している。内部の書院は江戸時代後期に改造され明治の廃藩置県で廃城となったが、その後,旧城主の成瀬家に譲渡され今日に至っている。(個人所有で犬山市が管理している。次は綾部のお盆を掲載し、文化財研修記シリーズは「神戸の文化財を訪ねて!昼と夜のライトアップ」で掲載予定です。

1.犬山城下町イラスト地図
クリックすると元のサイズで表示します

2.木曽川左岸の犬山市「犬山城」は犬山神社、針綱神社、猿田彦神社、三光稲荷神社に東側一帯が囲まれている。駐車場からすぐ近くの「犬山神社」から見てみよう
クリックすると元のサイズで表示します

3.犬山神社拝殿「犬山神社は尾張藩の付け家老(家康が自分息子の尾張藩主に付けた家老ののこと)の犬山城主・成瀬正成公を始め歴代の城主並びに明治維新後の戦没者を祀っている。犬山城内にあった祖先の霊社を享保二年(1717)に第四代城主正幸公が丸山新田東の洞相生山に遷し、「相生の宮」と称す。明治16年(1875)にこの地に遷し犬山神社と改称し「村社」となった。
クリックすると元のサイズで表示します

4.左「針綱天満宮(祭神は菅原道真公)右石段上針綱神社への参道です
クリックすると元のサイズで表示します

5.拝綱神社(御祭神:尾治針名根連命、延喜式内の古社で正一位針綱明神。天文二年(1537)犬山城の天主閣の付近に鎮座されていた。今の神社は織田信長の叔父の織田信康公が犬山の木ノ下城の城主の頃、奥方が懐妊され、信康公自身の手彫りによる狛犬1対を奉納されて安産祈願をなされたのが始まりとも言われています。近年出は「戌(いぬ)」の日に安産祈願されるといい、多くの奥様方が参拝されている諭旨。恒例の犬山祭りの神輿の渡御には「この狛犬様」もお供され、市内を巡幸される諭旨。
クリックすると元のサイズで表示します

6.針綱天満宮の左隣には「正一位秋葉神社」があります
クリックすると元のサイズで表示します

7.秋葉神社の左側、すなわち犬山神社から西側の岸壁の上の国宝・犬山城へ、向かう途中には猿田彦神社と三光稲荷神社があります
クリックすると元のサイズで表示します

8.三光稲荷神社です
クリックすると元のサイズで表示します

9.猿田彦神社(この神社で御祈祷神符を受けたら、お砂を自宅へ持ち帰り、敷地の四隅へ撒くき、或いは埋め、中央に御神符を立て、しばらく祭り、御供物などし、後は御神符を神棚に一年間祀ると、家屋安全・家庭幸福・在宅者は全員健康が守護される諭旨)
クリックすると元のサイズで表示します

10.犬山城登城登り坂
クリックすると元のサイズで表示します

11.犬山城本丸門(鉄門とも云われていたが、現在の門は変わって鉄で覆われていない)
クリックすると元のサイズで表示します

12.国宝・犬山城天守閣(天主に登り、木曽川を望むと何故、白帝城と呼ばれたか判るでしょう!中国の白帝城と大変良くにています)
クリックすると元のサイズで表示します

13.急な階段を登り、天主へむかう
クリックすると元のサイズで表示します

14.天主から本丸門を望む
クリックすると元のサイズで表示します

15.天主から犬山市内と遠方を望む(一番左手奥の山が標高275Mの尾張富士、その右手で少し平らなやまが本宮山です)
クリックすると元のサイズで表示します

16.天主から木曽川上流ののツインブリッジ犬山橋と木曽川、ツインブリッジの左手はるか遠方に御岳山が見えるがかすみ写らない。
クリックすると元のサイズで表示します

17.天主から木曽川下流方面に向かって撮る。山は標高173Mの伊木山尾張に対する美濃(岐阜県)の防御の城があった。橋はライン大橋
クリックすると元のサイズで表示します



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ