2009/8/11

名古屋の文化財を訪ねて!昼と夜のライトアップその3。粋なガーデンレストラン徳川園  文化財研修記

名古屋も雨で最初、雨を避ける為「徳川美術館」に向かった。徳川美術館と徳川園は隣合わせで両方見学する「共通券大人1,350円」を購入。その前に乗用車は徳川園の有料地下駐車場へ留めるが値段はチェック漏れでいずれにせよ安かったと覚えている。時間11時45分さてここでは雨が上げっていたので素晴らしい「徳川園庭園」を見学する。この庭園内の「ガーデンレストランはフランス料理で有名だ!」昼食はメニューのみ確認し、途中又雨が降り出したので「徳川美術館」を先に見た。予想通りの素晴らしい美術館で館内は撮影禁止だがNO FLASHでの撮影を」2・3ヶ所許可を得て撮影する。後ほど見て欲しい。徳川美術館は7月18日から8月30日まで「信長・秀吉・家康の合戦」(さぶタイトル:戦国合戦ガイド)がテーマで展示されていた。織田信長・豊臣秀吉の感状は「綾部市指定文化財」でよく見ているので理解で切るが徳川家康の花押は再三変わったので良く覚えてない。では早速「徳川園」をご紹介します。徳川園の沿革:入場パンフレットから抜粋です。名古屋城本丸から東へ約3キロメートルのところにある緒徳川園は徳川ご三家筆頭である尾張藩第二代藩主光友が、元禄8年(1695)に自分の隠居所として大曽根屋敷を造営したことが起源です。当時の屋敷は13万坪(約44ヘクタール)の広大な広さで、庭園内の泉水には16挺立(16人で漕ぐ舟)の舟を浮かべたといわれています。光友没後、この地は尾張藩家老(家康がつけた付け家老)の成瀬家、及び石河、渡邊三家に譲られたが明治6年(1931)名古屋市は第19代当主義親から邸宅と庭園の寄付をうけて、改修整備を行い翌年「徳川園」として一般公開された。第二次世界大戦の大空襲でほとんどの建物樹林が消失。平成13年(2001)にようやく日本庭園として整備、平成16年(2001)に開園された。

1.ガーデンレストラン徳川園入口前(橋は虎仙橋)
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2.ガーデンレストラン徳川園周辺の景色。1「虎仙橋(こせんきょう)」を仰ぎ見る。虎の尾に架かる檜造りの木橋で、5メートル下に渓流が見え、下流に龍仙湖を望みます。
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3.同上 レストラン下の「龍門の滝(りゅうもんのたき)」江戸時代の尾張藩江戸下屋敷では「龍門瀑」ともいわれた素晴らしい滝があった。その下屋敷の跡の石を名古屋へ移し、再現されたものだ!雨のため、接近できず残念ながら左側のその石組みがうまく撮影できなかった。
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4.ガーデンレストラン徳川園入口
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5.フランス料理Aメニュー3,800円(税サービス料込み)Bメニューは5、000円ちょっと贅沢すぎるのAメニューをオーダーした。ドリンクは僕が運転しているので、ノンアルコールのデンマークのビールLowenbrauをオーダーした。700円で家内と半分ずつ飲む!ビール用ショットグラスに丁度一杯づつ。うまい!の写真はメーニューとセットされたテーブルです。
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6.下はEntree(前菜)です。内容はカリフラワーのピユレ、帆立貝と蟹のロール桃とフロマージュブランソースです。おいしかったな!本当なら、この年ですから昼は和食となるのですが、大安吉日の日曜日で結婚式が幾組かあったためか、和食「宝善亭」が休みのため、美味なるフランス料理と見事な給仕サービスとパンはなんと2度もお変わりを頼んだ!家内も喜んでくれて幸いだった!
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7.前菜、本日のポタージュスープ、そしてメインは肉料理(鹿児島産・黒豚のロテイ、冬瓜のムニエルとオクラのフリット添え、タプナドソース マスタード風味)で最期はコーヒーでした。出てくる料理毎に説明があり、パン屑取りも感心した。パリのマキシムのサービスを思い出した。支払い済ませドアーから出たがやはりここで名古屋の若き美人に登場願うためあわててレストランへ戻り、許可もらい撮影するも1ショットのみで「Mr。アラーキー」のようにはとってもいかなかった、実物はもっと綺麗な可愛い女性でした!
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