2009/8/9

名古屋の文化財を訪ねて!昼と夜のライトアップその1.徳川園の見事な庭園  文化財研修記

平成21年8月2日(日)から1泊2日で名古屋と岐阜県の国宝・犬山城を訪れた。すぐ1泊2日でいける名古屋ですが、中々その機会はなかった。今回は全額小生もちで家内を誘ってみた。数年ぶりの同伴旅行です!8月2日(日)朝7時30分自宅を車・プレミオ2000で出る。地道を走り、福井県小浜の道の駅「松風」に到着は8時40分
休憩する.ここまで距離63キロをメーターで読み取れる。それから北陸道の木之本ICへ午前10時ここまでの距離はチェック漏れ、雨雲を一緒に移動して居るが如し。神田PAでトイレ、次いで養老SAでも休憩。名古屋も雨で最初、雨を避ける為「徳川美術館」に向かった。徳川美術館と徳川園は隣合わせで両方見学する「共通券大人1,350円」を購入。その前に乗用車は徳川園の有料地下駐車場へ留めるが値段はチェック漏れでいずれにせよ安かったと覚えている。時間11時45分さてここでは雨が上げっていたので素晴らしい「徳川園庭園」を見学する。この庭園内の「ガーデンレストランはフランス料理で有名だ!」昼食はメニューのみ確認し、途中又雨が降り出したので「徳川美術館」を先に見た。予想通りの素晴らしい美術館で館内は撮影禁止だがNO FLASHでの撮影を」2・3ヶ所許可を得て撮影する。後ほど見て欲しい。徳川美術館は7月18日から8月30日まで「信長・秀吉・家康の合戦」(さぶタイトル:戦国合戦ガイド)がテーマで展示されていた。織田信長・豊臣秀吉の感状は「綾部市指定文化財」でよく見ているので理解で切るが徳川家康の花押は再三変わったので良く覚えてない。では早速「徳川園」をご紹介します。徳川園の沿革:入場パンフレットから抜粋です。名古屋城本丸から東へ約3キロメートルのところにある緒徳川園は徳川ご三家筆頭である尾張藩第二代藩主光友が、元禄8年(1695)に自分の隠居所として大曽根屋敷を造営したことが起源です。当時の屋敷は13万坪(約44ヘクタール)の広大な広さで、庭園内の泉水には16挺立(16人で漕ぐ舟)の舟を浮かべたといわれています。光友没後、この地は尾張藩家老(家康がつけた付け家老)の成瀬家、及び石河、渡邊三家に譲られたが明治6年(1931)名古屋市は第19代当主義親から邸宅と庭園の寄付をうけて、改修整備を行い翌年「徳川園」として一般公開された。第二次世界大戦の大空襲でほとんどの建物樹林が消失。平成13年(2001)にようやく日本庭園として整備、平成16年(2001)に開園された。

1.福井県小浜市(おばまし,オバマ大統領を応援し一躍有名になった)道の駅「松風」午前8時40分頃
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2.松風の店内風景
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3.北陸道の神田PA 午前10時15分
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4.地下駐車場からすぐ上は、徳川園の大曽根口に続いている
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5.徳川園大曽根口  午前11時45分
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6.徳川園・西湖堤(せいこてい)を望む
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7.徳川園・龍仙湖(りゅうせんこ)を望む1.
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8.徳川園・龍仙湖を望む2.
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9.龍仙湖から観仙楼(かんせんろう)を望む。8月2日(日)は大安だった!!観仙楼にはフランス料理の素晴らしいレストラン、ホール、ショップがあります。華やかな結婚式と記念撮影で圧倒された!徳川美術館見学後、この素晴らしいレストランで美味なるフランス料理オール込みで@3,800円、デンマークのノンアルコールビール700円(二人で飲む)を堪能した!次回で掲載します!!
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