2009/1/11

但馬の国の文化財を訪ねて!最終回出石城址  文化財研修記

但馬国「たじまのくに(今の兵庫県北部)」の出石川に沿った静かな山あいに、但馬の小京都と呼ばれる町並みがある。そこにある現在の出石城跡は慶長9年(1404)小出吉英が築いたものであり、本丸跡には昭和43年(1968)に隅櫓(すみやぐら)が復元された。室町時代、出石は山陰・山陽など11ヶ国を領有した守護大名山名氏(やまなし)の居城が置かれた所である。山名氏は元上野国(こうずけのくに)の一名主で、元弘の役で新田義貞に従い勢力を得、南北朝時代の14世紀中頃には、山陰地方を支配する守護大名になった。応仁元年(1467)に始った応仁の乱で、山名持豊(宗全)は西軍の総大将を努めたが、その後山名氏の勢力は衰退した。その後、豊臣秀吉の弟、羽柴秀長に攻められ滅亡した。文禄4年(1595)に小出吉英が播州龍野より入封。宝永3年(1706)小出氏は京都府園部町に移封。その後に仙石氏(せんごくし)が入封し、明治維新に至るまで仙石氏の城下町として栄えた。

1.出石城登城門
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2.出石城跡右の隅櫓
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3.二の丸跡
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4.左の隅櫓
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5.出石城から樹下町を見る
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6.真ん中に出石城辰鼓櫓を見る
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7.出石城跡全景
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