2009/1/1

但馬国の文化財を訪ねてその1.但馬国の一宮「粟鹿神社」  文化財研修記

但馬国「たじまのくに(今の兵庫県北部)」は古代の丹波国(たんばのくに)の強大な勢力を殺ぐため大和朝廷が、丹波国から、先ず、但馬国を独立させ、ついで丹後国(たんごのくに)を独立させそれぞれに国造(くにのみやつこ)を配置した。小生の11月の出雲国(いずものくに)・伯耆国(ほうきのくに)では出雲大社では、今なを出雲国造家(いずもこくそう)と呼ばれる出雲大社の宮司を出す千家家と北島家について掲載した。但馬国には式内社は大座と呼ばれる大明神18座と小座が113ある。その内の朝来郡は大1座、小8座があり、大一座は但馬国一の宮であったといわれる「粟鹿神社(あわがじんじゃ)大明神」が朝来郡(あさこぐん)山東町粟鹿にある。神社形式は大変古く春日造(奈良の春日神社)で持って造営られている。彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)・龍神・豊玉姫(とよたまひめ)を祭神としており、但馬国造として勢力を誇った日下部氏氏神であったと伝えられている。下記の写真を順次見て下さい。

1.粟鹿大明神の鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

2.正式門(向かって右側、普段は開けていない)左が入場門
クリックすると元のサイズで表示します

3.入場門
クリックすると元のサイズで表示します

4.入場門の中には左右に「木造狛犬」が阿形、吽形の形で安置されている。
クリックすると元のサイズで表示します

5.見事な拝殿と本殿
クリックすると元のサイズで表示します

6.見事な本殿
クリックすると元のサイズで表示します

7.拝殿前の天明5年(1785)の銘の入った常夜燈
クリックすると元のサイズで表示します



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ