2008/11/24

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・そのニ・国宝出雲大社  綾部の文化財

出雲・伯耆国(いずも・ほうきのくに、島根県・鳥取県)1泊2日文化財を訪ねて仲間8名で旅をした。今回は国宝・出雲大社拝殿・本殿であるが、小生は京都府与謝野町にある出雲大社巌分詞の関係から40代の頃、担当課長として、毎年一月お国帰りで出雲大社へ参拝に行ったものだ。夜中12時白衣の死に装束で身を固め、宿から大社拝殿前に集合し、稲佐の浜へ向かう。そこで分詞長は褌のみで海へ飛び込み禊をされる。我々にはとても出来ない禊である。我々はそこで砂を持ち再び出雲大社拝殿へ持ち帰り、拝殿前にその砂を盛り立てお供えする。雪のちらつく中、手が痺れ、砂は徐々に減っていく、何とか少しでも献上したく全勢力を尽くす。数年間のこの行事は、今でも忘れる事は無い。まして、巌分詞のインドネシアの仏跡を訪ねる旅でバリ島へ飛び、そこから更に本島のジョグジャカルタへ飛びプラナバンの仏教遺跡を見学した。、当時の千家宮司ご夫妻も参加され、プラナバンの仏教遺跡では、女官の依頼で奥方の手を取り、遺跡を見学した。気温は30度以上、小生は汗でびっしょり、奥方はお「おひいさま」と呼ばれ、手を受けてご案内したのだが、手は冷やりとし、「貴人は汗をかかず」の意味が理解できた。そんな思い出のある出雲大社、懐かしく必死で写真を撮っていたら、首からかけていた眼鏡を落としていた。一回り歩んだ道を探しが、見つからない。社務所の女性の方に、その旨届ける。数日後、見つかったと電話が家内にかかって受取人払いで送付をお願いしたが、何とお参り頂いたのですから、社務所の経費で送る諭旨であった。後日、眼鏡が届き、どうしたものかと家内と相談した。金銭では考えられない事であり、大坂に行ったとき、デパートより社務所へお菓子を送付した。出雲大社には又、良き思い出が出来、後日家内と参拝に行く予定であります。

1.トップに出雲大社の「千家(せんげ)宮司家」の写真その一。
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2.千家家の名札「お供した先代の御子息の名が読める」「千家家は出雲国造家(いずもこくそうけと呼ばれている、くにのみやつことは云わない)
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3.出雲大社「かぐら殿」多くの人が貨幣を注連縄に投げ込んでいる。
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4.国宝の拝殿に参拝するため行列を作っている人々(小生には並ぶ時間が無い、次回家内とゆっくりお参りすると決意している。)
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5.見事な国宝・拝殿と本殿を横から撮る。
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6.御仮殿(時間の無い方はここでお参りする)
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7.出雲大社では宮司様はニ家から出る。「千家家とこの写真の北島家」である。
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8.北島家の拝殿での結婚式を撮影
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