2008/7/14

明日香紀行その2.橘寺  文化財研修記

奈良県高市郡明日香村橘には、聖徳太子生誕の地とされ、聖徳太子創建7ヶ寺の一つ「仏頭山上宮皇院菩提寺(通称:橘寺)」がある。伽藍は東面し、東門から太子殿まで一直線に参道が通っており、参道の北側には本坊・観音堂・護摩堂、南側に鐘楼・塔跡・宝殿・経蔵・蓮華塚が並んでいる。しかし、創建当時のものは塔跡や二面石のみである。橘寺についての創建については詳(つまび)らかでないが、文献上の初見は「日本書記」天武天皇9(680)の条に橘寺の尼房10房が焼失したという記事がある。またこの地は用明天皇の別宮である上宮があった所で、皇后穴穂部間人(あなほべたいざ)皇女はここで聖徳太子を産み、太子はここで成長したので、太子は上宮太子と呼ばれた説もある。この寺がもっとも栄えた時代は藤原時代で、関白藤原道長も参詣した。戦国時代には多武峰(たぶみね)の僧兵に焼き討ちにあったりして次第に衰ええた。今日の諸堂は江戸時代末に再建されたものといわれる。

橘寺東山門
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太子殿
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太子殿内陣
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太子堂外陣
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太子堂その2・中央太子母・穴穂部間人皇后、右側・聖徳太子孝養像(鎌倉時代・国重文)
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二面石(飛鳥時代の石造物で太子堂の横にある。人の心の善悪二面を表している。)
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