2008/7/12

明日香紀行その1.飛鳥寺  文化財研修記

奈良県高市郡明日香村は「飛鳥(あすか)」とも呼ばれ、日本最古の飛鳥大仏がある飛鳥寺は新西国第九番霊場・聖徳太子遺跡第11番霊場である。飛鳥寺略縁起では、飛鳥寺は第33代推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺であり、寺名を法興寺、元興寺、飛鳥寺「現在は安居院(あんごいん)と呼ばれる真言宗の寺でもある。」と呼んだ。近年(昭和31年)の発掘調査により、創建当時の寺は塔を中心に東西と北にそれぞれ金堂を配する日本最初の本格的寺院で、その外側に回廊をめぐらし更に講堂を含む壮大な伽藍であった。本尊飛鳥大仏(釈迦如来像)は推古天皇17年(609)に天皇が詔して鞍作鳥(止利仏師)に作らせた日本最古の仏像である。旧伽藍は仁和3年(887)と建久7年(1196)の火災によって焼失し、室町以降は荒廃したが、寛永9年(1632)と文政9年(1826)に再建され今日に至っている。

飛鳥寺山門
クリックすると元のサイズで表示します

飛鳥寺縁起を説明される若き住職
クリックすると元のサイズで表示します

本尊飛鳥大仏(国重文)銅製・飛鳥時代(高さ約3メートル、当時銅15トン、黄金30キロを用いて造られた、2度の火災にもかかわらず細部にも飛鳥時代の特色を伝えている。
クリックすると元のサイズで表示します

聖徳太子孝養像(木像・室町時代)太子16歳の時、父・用明天皇の病気平癒を祈願されている姿である。
クリックすると元のサイズで表示します

阿弥陀如来坐像(木像・藤原時代)堂々とした量感、写実的表現は正に藤原時代の特色をよく伝えている。
クリックすると元のサイズで表示します

飛鳥寺の裏庭
クリックすると元のサイズで表示します

飛鳥寺の西側には「蘇我入鹿の首塚(南北朝時代)」がある。
クリックすると元のサイズで表示します



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ