2007/8/8

モンゴルの大自然と歴史を訪ねてNO.3  文化財研修記

世界文化遺産オルホン渓谷の最も重要なエルデニ・ゾーは16世紀末、アルタン・ハーンが没すると、地方の遊牧民族君主(ハン)達が群雄割拠しだした。東西のハンはどちらもチベット仏教の力を借りて人々の信頼を受けようとしていた。西のハンのアブタイ・ハーンと弟のトムン・ハンが中国の青海高原にてダライラマ3世(チベット仏教ゲルク派の活仏)に拝謁し、その5年後にエルデ二・ゾーの最初のチベット仏教寺院をサキャ派のラマ僧の指導の下に建立した。モンゴルはゲルグ派のチベット仏教でエルドニ・ゾーはこのゲルグ派のために建てられたもので、最初はモンゴル風の建物が多かったが、やがて、ダライラマ4世がモンゴル人のアルタンハーンの孫に転生すると、モンゴル人は全てゲルグ派チベット仏教に帰依するようになった。1917年には400X400メートルの外壁に囲まれた境内に、62棟の寺院と500の建物が有り1万人を越す僧が修行していたと云う。しかし、1930年ソ連の政治的圧力(共産主義)により弾圧され、当時のモンゴル総人口約40万の内、3万157人が粛清された。その内
僧侶が1万7000人であった。1938年にはエルデ二・ゾーは一旦閉鎖されたが、その後、博物館として1943年まで存続し、1944年には国家の保護を受けるようになった唯一の宗教的建造物である。

モンゴル国旗に描かれた文様のある石碑
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五体当地で修行する若い僧侶
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ソボルガン塔をバックに「モンゴル式の武装した親子」
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中央寺院の最高神「(右手のもの、国宝)左手は写真パーでこれはスキャナーです。
特別にお供えし、撮影許可を取っていたのに残念です。」
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メインの重要仏像2.
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メインの重要仏像(お釈迦様のお供)3.
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エルデニ・ゾー北東500メートルのところにある「亀石」(後方の白いの卒塔婆で城壁を兼ねている。)
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