2021/9/19

台風14号一過綾部の小畑城址に登る!  綾部の文化財

令和3年9月の台風14号がやっと去り、戦国ロマンの味わえる綾部市にある小畑城址(おばたじょうし)に登って来たので報告します。小畑城跡は京都府綾部市小畑町松原に在り、小高い丘陵地にあるこの城址は高源寺の横から山頂まで10分もかからず、ちょっとした散歩気分で戦国ロマンが味わえろ所です。この小畑城で威を張ったのは、丹波守護代・内藤氏の重臣だった波々伯部氏(ほほかべし)。もとは藤原姓で丹波国多紀郡(現在の兵庫県丹波篠山市)東部の波々伯部で在地領主となり、室町(南北朝)時代に船井郡に出て、戦国時代の中頃には何鹿群(綾部市)にも進出した。小畑城を中心に小西城(綾部市小西町)や六反城(鍛冶屋町)を配し、猪崎城(福知山市猪崎)の塩見氏とも姻戚関係にあったとされる。70年近くにわたって城主として君臨したが、その支配は天正7年(1579)、数万の大軍を率いた明智光秀が福知山の猪崎城を攻め、勝ち目なしと見た塩見氏は城に火を放って落ちたが、途中追手に討たれる。妻は遺児を抱き、実家の小畑城を頼って逃げたものの途中三坂峠で殺された。この哀話は「三坂女隴(じょろう)物語」として伝わっており、追手が血刀を洗ったという「御太刀池」(鍛冶屋町)の水は今でも濁って澄むことがないと言われる。明和6年(1769)三坂峠に供養塔も建てられた。光秀の丹波侵攻で滅ぼされた波々伯部氏はその後、帰農したと伝えられている。城址には素人でもそれと判るほどはっきりと敵を防ぐ曲輪や土塁、堀切の跡が残っている。


1.高源寺
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2.同上
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3.小畑城址跡の駒札(小畑城を守る会作成)
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4.登り道は自然木が階段状に組み込まれいて登りやすい!
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5.同上(鳥居は山頂近くにある城主を祀る稲荷神社のため5本が建てられている。)
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6.登り階段は207段ですよ!
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7.山頂手前には城主を祀る稲荷神社がある!
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8.稲荷神社のすぐ上にある主郭は奥行50メートル、幅20メートルほどの広さがある1
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9.頂上付近には木の椅子がありゆったりと風景が楽しめる!!
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10.同上
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