2021/2/15

綾部市高槻町の古社・篠神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市高槻町北山7−1には祭神・天佃女命、天隠此命を祀る篠神社(しのじんじゃ)がある。沿革:創立年代未詳、祭日:十月十七日、氏子地域戸数:高観町六十四戸、標柱は昭和十二年に新川豊吉建立す。
(一)由緒沿革
鎮守の森は同村山株三十九山の内の一つである。古は大日村まで八ケ村の惣社であった。現在は高槻地区の産神である。この他は旧藩時代山家と柏原と分領していた当時は山王大明神といい阿弥陀如来を本体としていた。竹を神木とし、山王の竹は慈覚が支那の五台山から移植した篠竹であるといわれる。住古は岩王寺鎮守まで祭礼にいった記録がある。古跡宮より西に当たる田の中を馬場と言い、一の鳥居があった。そこに大石があって、字の名を石ノ本といっていた。当社は古は手槻大明神と言っていたといわれるが、古書延基式神名帳に名がある。
(二)記録
明治三十九年四月勅令第九十六号により神銑弊料供進指定神社の社格を受けた。
享保年間(一七一六−一七三五)に現在の神殿を改築したが、その時のことである位置を後方へ移動したその跡地から経塚を発見した。経塚は鎌倉時代の物と言われているが、埋蔵の年号は判明しない。本社の土蔵に御輿が或されているが、他の神社には見られない豪華なものである。
元治年間(一八六四)に四間に四間の上仮屋を造り、草茸で神殿を保護しておったが、明治三十七年の村内神社併論が起ったが取り沙汰となりかへって、拝殿、弊殿、神銑所を増築し境内の整備に力を用い、その為に森厳さは旧に数倍となった。
大正十四年二月村社の指定を受けた。
(三)篠神社の神職
…  (『郷土誌 東八田』)
竹を神木としているというのは社名の「篠」を篠竹のことと考えたからだろうが、シノはその意味ではなかろう。
西の志賀里にも篠田神社があるが、同じ社名で、シとかシノは金属だと思う。どこに鉄があるんだ、と思えるような所だが、神社がそうだし、地名がそうだし、伝説がそうだから、そうなんだろうとしか言いようはない。

1.見事な篠神社の両部鳥居です!
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2.標柱です!
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3.綾部の古木・名木100選の一つ篠神社の幹周3.6m、樹高14mのムクロジ!
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4.同上 駒札アップをで見る!
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5.駒札の裏側から見るとこの古木のムクロジには巨大なうろが出来ています!
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6.見事な手水舎です!
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7.社殿前の見事な巨木の杉です!
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8.寄進者姓名が刻まれているが読めない!
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9.駒札
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10.苔むした阿形の狛犬
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11.吽形狛犬
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12.見事な彫刻の社殿を見る!
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13.社殿から奥の本殿を見るが撮影が難しい!
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14.本殿横の境内社2社を見る!
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15.見事な社殿の彫刻をアップで見る!
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16.拝殿につずく本殿を横から見る!
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17.再度本殿の彫刻を見る!
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