2021/1/1

綾部市奥上林の古社・十二所神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市奥上林(おくかんばやしちく)光野町(みつのちょう)宮ノ下26には伊弉諾尊あ8いざにぎのみこと)を祀る十二所神社がある。於見(熊野三所権現と呼称)している。現有せる棟札の文字を辿ると、「当村三所権現之宮奉再造処本願権守信衡其他原口船迫、尾見光野田各氏中ト毛各々」とあり、永禄十一年と銘記している。(紀元1568)。更らに第二の棟札は文化七年庚午(紀元1810)の再建を裏書きするもので文に曰く、「三所権現神殿者、往昔何年代奉信敬處不分明、然所去永禄年中中興今文化七庚午年迄凡二百四拾三年星霜積、氏子中並六性発願当社再造諸願成就處也」。遷宮師は不動院阿闍梨法印、大工棟梁は日置村宮口平三良藤原政延と記され、これが今に伝る所の本殿である。(『奥上林村誌』)
於見のたいこ
  音にきこえた於見のたいこ。
    七里七里(なゝさと)なりひゞく。

これが十二所神社自慢の太鼓である。文化七年(紀元1810)現在の本殿が改修せられたとき、境内の大欅で作られたもので、胴の回り四・四米の偉大さを誇っている。
当時「老の坂」きつての大太鼓と云はれ、祭りともなれば兵子帯を?つちよに結んだ若い衆が、自慢の腕によりをかけて心魂を傾けて打ちならしたものであり、地の底からうなり出すような荘厳な音は谷々を圧したものである。撥の冴えを誇る練達の士が其の技を伝承して、太鼓打ちは一つのスポーツとして永年若者達を吸収した。其の後幾星霜、野球と歌謡の全盛時代に有つては、流石の大太鼓も若者を引きつける術もなく、徒らに庫の中にへんへんとした腹を携えてうずくまっている。(奥上林村誌)

1.奥上林光野町で上林川を渡り左岸へ
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2.上林川左岸にある標識
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3.十二所神社の大鳥居と長屋門(神社に長屋門は大変珍しい)
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4.長屋門を見る!
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5.長屋門から社殿を見る!左側は舞殿となっています。
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6.社殿の両脇の狛犬は倒壊防止の為、材木で保護されていますね。阿形の狛犬。
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7.吽形の狛犬
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8.覆屋の中の本殿を見る!
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9.本殿をアップで見る!
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10.本殿の彫刻を見る!
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11.同上
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12.同上
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13.拝殿前から長屋門を見る!
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14.有名な奥上林の十二所神社の於見の巨大な太鼓を見る!については下記をクリックして見て下さい。
https://ayabe.city-news.jp/?p=3975

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