2020/11/30

京都府与謝町の古社・倭文神社を見る!  文化財研修記

京都府与謝郡与謝野町三河内(みごち)地区には927年(延長5年)編纂の延喜式神名帳に式内社として記載される古社である延喜式神名帳に記載された倭文神社は全国に14あるが、2社が京都府北部の丹後地方にあり、そのうちの倭文神社 (しどりじんじゃ)に与謝郡鎮座について記す。神社そのものと例祭である三河内曳山祭が、それぞれ、2017年(平成29年)4月、文化庁により、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリー「日本遺産」の「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに認定された]。倭文神社(与謝)前記録によって諸説あるが、創建は710年(和銅3年)または712年(和銅5年)とされ、筬村の石崎山に倭文大神が勧請されたのを起源とする。当時、この地域で綾錦を織ることとなったことから、丹後国一宮の籠神社から海部直笑志が勅命を受けて祀り、醍醐天皇も信仰したと伝えられる.981年(天禄12年)に従二位に列し、1223年(貞応2年)に現在地に遷座された。社伝によれば「昔、神の木の下に人々が集い、宝物を祀って、供物を飾り、宝器を鳴らして作付けを占った」と伝えられ、境内からは銅鐸が出土している。古来、三河内の人々の産土神として信仰された。丹後ちりめんに代表される織物は当地の地場産業であり、祭日には近在の村々から麻苧を持った参拝者が群を為したという。近年の修理工事の際に、屋根に1808年(文化5年)に奉納された墨書が見つかっている。古くは神仏習合によって「石崎大明神」あるいは「石崎倭文大明神」等と称されたが、明治初めの神仏分離令により仏教色が一掃され、社号を「倭文神社」に改称した。1907年(明治40年)、幣帛供進神社に指定。1873年(明治6年)に村社に、1944年(昭和19年)11月20日付で府社]となった。年中行事は、府社に昇格した当時は4月25日の春祭りと別に5月1日に奉幣の差遣があり、年2回例祭が執り行われるような形がとられたが、現在は春祭りのみとなっている。2017年(平成29年)、例祭である春祭りこと「三河内曳山祭」とともに、日本遺産「丹後ちりめん回廊」構成文化財のひとつに認定された。祭神と境内社ですが、主祭神は天羽槌雄神で、建葉槌命とも称される。倭文氏の祖先であり、倭文大神と称する氏子もある。天照大神が天岩屋に隠れた際に、高皇産霊神の命を受けて文布を織った神で、機織りの祖神とされる。また武勇の神でもあるとして、ともに武の神である八幡神を信仰対象とする氏子もある。境内社には、府道からいちばん手前の大鳥居の右手に粟嶋神社があり、拝殿に至る境内中ほどの右手に稲荷神社、左手に若宮社がある。

1.倭文神社の大鳥居
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2.神社の駒札(画像をクリックすると拡大染ます。)
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3.地蔵堂を見る!
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4.大鳥居と御神木を見る!
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5.石段参道を上がると社殿を正面に、右手には見事な参集殿が見える!
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6.社殿に向かって左側の倭文神社古墳群の一部を見る!
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7.同上の駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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8.右手に在る見事な手水舎や阿形狛犬を見る!
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9.同上駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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10.吽形の狛犬
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11.正面の両部鳥居と見事な扁額を見る!奥に神門が見える!
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12.両部鳥居と粟嶋神社の鳥居を見る!
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13.粟嶋神社を見る!
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14.境内社の稲荷神社を見る!
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15.神門正面を見る!神門は切妻の桟瓦葺で、平入、三間一戸、八脚単層門となっている。
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16.神門の阿形の随身を見る!
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17.神門の吽形随身を見る!
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18.神門を内側から見ると!!
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19.見事な拝殿を見る!
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20.同上 アップで見る!
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21.倭文神社本殿の説明!(画像をクリックすると拡大します。)
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22.拝殿の天井には昔描かれ絵の片鱗がある、又見事な彫刻を見る!
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23.拝殿の見事な彫刻を見る!
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24.拝殿から本殿を覗く!本殿は嘉永年間に一度焼失し、現在の本殿は、社蔵の『歴代記』によれば、1821年(文政4年)に建てられたもので、入母屋造、銅板葺の標準的な一間社です。
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25.左側から拝殿後部と本殿を視る!本殿はガラスで覆われている。
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26.本殿の見事な彫刻を見る!本殿は組物や彫刻が1996年(平成8年)に京都府の文化財に指定された。
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27.倭文神社の祭礼は下記をクリックして見て下さい!
https://matsuri-no-hi.com/matsuri/12620

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