2020/9/16

綾部市安場町の古社・一宮神社に中井権次一統の見事な彫刻を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市安場町(やすばちょう)東ノ段51番地に主祭神を国常立尊とし、見事な龍の彫刻のある本殿がある一宮大明神(いっきゅうだいみゅじん)が在る。由緒沿革としては加藤明氏蔵正徳元年の古文書に、び志門様月ノベ口にあり、それをあだな東ノ段より、たつみノ方くわん上仕候、ゆえコノ地わ篠原庄右衛門山森、でありそれをもらひそこに、一宮大明神といわいこめ、それ二月(附)世話方 加藤景村 篠原庄右衛門  正徳元年酉ノ六月三日 とあるが、これ以外の記録がないので、元月延口に毘沙門天として祀ってあったのを現在の地に移し、一宮大明神として氏神にしたものと伝えている。尚毘沙門天は明治十九年観音堂の境内に移され、現存の建物は明治十三年の建築である。
註、右の古文書の加藤景村は加藤氏系図によれば俗名小ヒゲと称し、天正頃の人であるから、正徳頃とすれば年代が合はない。
藩記には社七尺、拝殿壱間半に三間半、境内廿五間に廿八間、祭礼九月廿六日とある。
社殿は慶応元年炎上、明治八年改築起工、同十三年落成した。尚鳥居は文政七年の建築である。祭礼は古来旧六月三日に夏祭を、秋祭を旧九月二十六日に行ったが現在は十月九日となっている。
境内社斎神社は元鳴竹一番地に才ノ神として祀られていたが、明治六年ここに移された。
神社関係の古文書に次のものがある。
  寄附一札之書
一、有所字宮ノ腰
    田地一ヶ所也
  右之田地壱ヶ所是則俗父三郎兵衛従私共へ譲り受候田
  地ニ御座候処此度一宮大明神為御供田之奉寄附候所実
  正明白ニ御座候然ル上ハ此後永世一宮社御宝田ニ受附
  可被下候者外ヨり違乱可申出者無御座候依而為後日之
  寄附証文如件
  正徳二年三月 日
                藩州
                奥山寺 地蔵院
   丹州安場村
   一宮社内
右之通り書状一宮社内へ納置候間永世御申伝へ可被下
候様願置侯              以上
              地蔵院住職孝教法印
  加藤三郎兵衛殿
                 (加藤佐市氏蔵)
註、孝教は寺院過古帳に弘敬とあり。
(『中筋村誌』)
一宮神社
鳴竹から左に入り、安場川右岸の台地へ上がると東ノ段の集落である。集落の南端に鳥居が見える。安場の鎮守神・一宮神社である。
入口の鳥居は文政7年(1824)の建立で、両部鳥居と呼ばれる形をしている。さらに奥へ進むと手水舎があり、享保12年(1727)銘の手水鉢がある。この奥正面に本殿が南面して建っている。
覆い屋で保護された本殿は、一間社流造りで屋根は柿葺きである。祭神の国常立尊は『古事記』等によれば大地の神である。私たちが住む豊かな大地を産み、永遠に守讃してくださる神である。
創建について『中筋村誌』は、安場に残る正徳元年(1711)の古文書に、「元は月延口に祀っていた毘沙門天様を東ノ段に移し、一宮大明神として祀った」とあるという。江戸時代中期にこの地に鎮座したと思われる。その後の沿革は不明であるが、慶応元年(1865)に炎上し、明治13年(1880)に再建された。なお、上記の古文書にある昆沙門天像は明治19年(1886)観音堂境内に遷された殿へ。本向かって右に境内社である斎(さい)神社がある。鳴竹にあった才の神を明治6年(1873)移したものである。他に境内南隅に稲荷神社が祀られている。
なお、当社の入り口に建つ両部鳥居について四方晴向は次のように説明している。鳥居の特徴は両社の下部に、前後に貫を通した控柱を設けていて、鳥居の基部を支えるような支柱を持った独特の鳥居である。中筋では当社と高津八幡宮の本参道入り口に建つものと2つのみ見られるものである。また、両部とは密教における金剛界と胎蔵界を示し、一般には神仏混淆の神社に多く見られる。当社の場合は、上記古文書にあるように、仏法を守護する毘沙門天を神社に祀ったこと、即ち、天の部に属する仏像が神として祀られたという神仏混淆を両部鳥居が示していると考えられるとしている。
(『丹波綾部の中筋歴史散歩』)

1.一部が新しく修復された一宮大明神の両部鳥居(文政7年(1824)の建立)
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2.両部鳥居の扁額を見る!
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3.神社の駒札
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4.登り参道
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5.同上
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6.右手に手水舎と参集殿と石灯籠
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7.手水舎(享保12年(1727)銘の手水鉢がある)
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8.南隅にある稲荷神社
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9.右手の見事な参集殿と本殿を見る!
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10.極最近に覆屋の屋根が新しく出来たものです!(旧覆屋は取材当日出会った指し物大工さんによるとアライグマとその糞でずたずたであった諭旨)
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11.見事な本殿の柏原の宮大工として有名な中井権次一統の彫刻を見る!明治13年築!
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12.龍の彫刻を見る!見事な龍の彫刻ですね!髭が銅線か鉄線です!これは柏原の名彫刻師の中井権次一統の作と思慮します。(中井権次の一統の記録は全て調査しきれていないのです!)
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13.象鼻などの彫刻を見る!(明治13年築)
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14.本殿横の彫刻を見る!
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15.本殿を斜め右側から見る!
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16.本殿に向かって右に境内社である斎(さい)神社
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