2020/8/1

舞鶴市の大物主神を祀る金刀比羅神社を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市新町には大物主神(おおものぬしのかみ)を祀るか金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ)がある。新町、西町はその昔は旅籠町とも呼ばれていたが、今でも道筋には当時の雰囲気が漂っています。南には愛宕山が迫り、妙に狭くて入り組んだ道筋は東の田辺城へと続いています。道筋の右側に浄土寺の寺号標とその先に赤い鳥居が見えて来ます。石の明神鳥居(1921年)、参道の正面に社、参道脇に二社が祀られ、鳥居前には金刀比羅神社と刻まれた石燈籠(1932年)が建てられています。道筋から鳥居をくぐると、左に手水舎、その先に赤い鳥居が二つ並ぶ社、右手に流造の社。参道の石段を登ると金刀比羅神社の社殿が在ります。右の社は弁財天で、日本三大弁財天(​竹生島​の都久夫須麻神社、宮島の厳島神社、江の島の江島神社)の江の島から勧請された様です。小さな社ですが木鼻には彫がされ、中には美しいふくよかな弁天像が祀られているようです。この金刀比羅神社は新町構いで、その始まりは江戸時代にまで遡ると云われています。讃岐国(現在の香川県)金刀比羅宮を本宮とする金刀比羅信仰は、江戸時代に非常に盛んになり、海運救助、商売の守護神として全国に勧請されました。嵐に翻弄され、あわや船が沈むその時、金刀比羅さんの御幣が降ってきて助けて頂けると信じられていたそうです。金刀比羅神社の玉垣の寄進者に吉原町の漁師達の名が多く刻まれ、厚く信仰されていた事が分かります。明治29年(1896)の山崩れで社殿が被災、昭和6年(1931)に再建されたのが今の社殿です。

1.金刀比羅神社の銘のある石灯籠と鳥居を見る!
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2.左側の手水舎と稲荷神社
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3.石造り鳥居をアプで見る!
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4.右側の弁財天堂を見る!(左側に本殿が見える。)
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5.左側の稲荷神社と本殿を見る!
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6.右側の弁財天堂を再度見る!
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7.本殿を見る!
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8.本殿の扁額と彫刻を見る!
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9.本殿の彫刻を見る!
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