2020/7/10

舞鶴市東の真言宗醍醐寺派の古刹・大聖寺を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市北吸970には真言宗醍醐寺派のの鎮守山・大聖寺(だいししょうじ)がある。本尊は大聖不動明王(秘仏)です。大聖寺は旧称を「鏡智院」といい、もともとは西国第二十九番札所松尾寺の塔頭でしたが、明治三十四年の舞鶴海軍鎮守府開庁及び新市街地整備を機に、時の松尾寺住職懸空上人が一層の教線拡張を願い、明治三十六年、東西舞鶴を結ぶ交通の要所である現在地に移転されたものです。塔頭の移転とはいえ、本尊大聖不動明王は松尾寺本坊遍明院護摩堂の主尊であったことが知られており、また、移転時の資料からは用地の選定や買収など、新寺建立ともいうべき大事業であったことがうかがえます。
 懸空上人は時の鎮守府司令東郷平八郎との親交が厚く、「鎮守山」の山号はその縁により名づけられたそうです。当山に東郷元帥所縁の品などは残っておりませんが、松尾寺には懸空上人が東郷元帥に贈った
 北門鎖鑰巍然成 ?(厂に虎)踞龍盤気勢昌
 鎮海将軍西海傑 西郷之後有東郷
【北門の鎖鑰(さやく)(鍵となる要衝)巍然として成る。?(厂に虎)(てい)(水中も泳ぐという虎、架空の動物)踞(きょ)龍盤(虎や龍ともまごう勇猛の兵卒、踞も盤もうずくまる)気勢昌(さか)んなり。鎮海の将軍西海(薩摩)の傑。西郷の後に東郷あり。
・・・読み下しと注釈は、松尾寺前住職松尾心空師著『「武士道」について』より・・・】
という漢詩の墨跡が残っています。
 当山は、移転後まだ百年を経過したばかりですが、大正五年の本堂をはじめ徐々に諸堂が整備され、楽寿観音像横のお堂には等身大の七福神が祀られています。

1.見事な山門を望む!
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2.山門をアップで見る!
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3.近畿楽寿観音第22番札所
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4.見事な本堂を見る!
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5.本堂を左側から見る!
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6.本堂の見事な扁額などを見る!
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7.本堂内陣を見る!
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8.近畿楽寿観音第22番札所の観音像と後部に薬師堂が見える!
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9.不動滝の駒札
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10.本堂左側に在る不動滝
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11.薬師堂の駒札
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12.薬師堂内を見る!
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13.寿楽観音堂手前にあるお堂には見事な等身大の七福神像が祀られいます。
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14.七福神の一つ恵比須の駒札
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15.同上 像を見る!
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16.大黒様です!
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17.同上 毘沙門天様の駒札
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18.同上 像を見る!
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19.吉祥天様の像を見る!
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20.福禄寿様の像
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21.寿老人様の像
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22.見事な輝く布袋和尚様の駒札
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23.同上 像
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