2020/6/1

京丹波を見る!全国安国寺の筆頭・綾部安国寺を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市安国寺町には全国安国寺の筆頭である臨済宗東福寺派の景徳山・綾部安国寺がある。安国寺は、正歴四年(993)ごろ地蔵菩薩を本尊として開創されたと伝えられ、もとは光福寺と称した。建武四年(1252)勧修寺重房が上杉荘を賜り、これより「上杉」を姓とすることとなった。その後、光福寺は上杉氏菩提寺となり、釈迦三尊を合わせ祀った。嘉元三年(1305)足利尊氏の生誕によって当寺は、上杉氏・足利氏の尊崇を受けるようになった。暦応元年(1338)足利尊氏は夢想疎石の勧めによって、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺となし、諸国安国寺の筆頭において、安国光福寺としたものである。康永元年(1345)尊氏は、南禅寺に住した天庵妙受禅師を招請して、安国寺の始祖と市、多くの寺領を寄進した。それ以降、塔頭十六、支院二八を有する大寺院であったが、江戸中期に至るまでの間に大半の寺領は押領されて、塔頭、支院は減少したが、今なお多くの重要文化財、府市指定文化財、重宝等も蔵する名刹である。
安国寺山門・鐘楼(建造物)::山門は四脚門(よつあしもん、・又は、しきゃくもんともいい、正背面の柱間が一間の門で、本柱の前後に二本づつ、計四本の控柱のある門の形式)で、切妻造、本瓦葺、左右袖塀附属。棟札があって、上梁天保十四寵舎発卯三月十一日の記がある。
 鐘楼は、桁行梁行とも一間の建物で一重、切妻造、桟瓦葺で、棟札によると山門と同じく、天保十四発の記がある。
安国寺仏殿・方丈・庫裏  綾部市安国寺町安国寺(江戸後期)
 仏殿は桁行五間、梁行五間、一重、入母屋造、茅葺の建物である。足利尊氏の帰依を得てより、全国安国寺の筆頭、後さらに十刹となった。境内は茅葺きの仏殿を中心に、方丈・庫裏(茅葺)・表門・鐘楼を備えている。
 現在の仏殿は寛保三年(1743)に完成したことが、仏穀内部の虹梁に貼付された梁札銘によって知られる。床は四半敷とし、側廻り一間を化粧屋根裏として海老虹梁でつなぎ、中央前寄りの柱を虹梁と大瓶束で抜くなど、禅宗独得の手法をうまく応用した貴重な建物である。
 方丈は正規の六間取りで、桁行15.8米、梁行11米、一重、入母屋造、横瓦茸で、寛政六年に上棟、庫裏は桁行14米、梁行8米、一重、一部二階、入母屋造、妻入の建物である。

1.満開の桜と山門を望む!2020年4月6日撮影
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2.無料の駐車場から見た駒札
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3.左側から上杉清子(うえすぎきよこ)・足利尊氏・赤橋登子(あかはしとうし、尊氏の妻)の墓と伝えられている。向かって左側に母堂清子(一三四二年没)、中央が初代尊氏(一三五八年没)、右側に妻登子(一三六五年没)。二代将軍義詮が父母等の没後に遺骨の一部を当地に迎え建立したと云う。
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4.元山家城主谷家の門を移築したものです。
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同上アップで見る!
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5.駒札
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6.鐘楼
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7.山門(内側から見る!)
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同上 アップで見る!足利家の家紋がある!
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8.山門から石段参道を見る!
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9.山門から仏殿を見る!
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10.方丈を見る!
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11.仏殿前の駒札
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12.仏殿内の国指定文化財「木造 釈迦三尊座像」「木造 地蔵菩薩半跏像」
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13.仏殿内の国指定文化財「木造 地蔵菩薩半跏像」
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14.より詳しくは下記をクリックして見て下さい!
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/ankoku/ankokuji.htm

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