2020/2/15

京丹波を見る!明智光秀公所縁の古刹・天寧寺!  文化財研修記

京都府福知山市市字大呂1474には臨済宗妙心寺派の古刹で明智光秀公所縁の天寧寺(てんねいじ)がある。創建は貞治4年(1365)、当時の金山城主(代々佐々木荘下山保の地頭職を世襲)、金山宗泰が祖先の菩提を弔う為、愚中周及を招いて開山したのが始まりと伝えられています。歴代室町将軍から庇護され寺運が隆盛し、特に4代将軍足利義持は祈願所として篤く庇護しました。戦国時代に入ると衰退しましたが明智光秀が庇護し天正8年(1580)には諸役免許の判物を賜りその直筆の文書が残っています。江戸時代に入ると歴代福知山藩主から庇護され寺領10石が安堵されています。安永6年(1777)の火災で多くの堂宇が焼失しましたがその後再建されています。薬師堂は寛政6年(1794)に建立されたもので入母屋、こけら葺、桁行3間、梁間3間、一重もこし付、棟梁は服部太郎兵衛、今井万右衛門、今井八右衛門が天井絵は原在中が手懸けています。開山堂は寛政5年(1793)に建立されたもので六角円堂、土蔵造り、桟瓦葺。両建物とも京都府指定文化財に指定されています。天寧寺の文化財: 絹本著色即休契了像-応永7年は_国指定重要文化財・ 絹本著色十六羅漢像-119.0p×56.0p-室町時代-国指定重要文化財、・ 天寧寺薬師堂−寛政6年−京都府指定文化財、・ 天寧寺開山堂(附:鎮守堂)−寛政5年−京都府指定文化財、・ 絹本著色愚中周及像−室町時代-京都府指定文化財、・ 絹本著色大中臣元実像-大永2年-京都府指定文化財、・ 絹本著色大中臣持実像-文安5年-京都府指定文化財、・ 天寧寺文書(27通)−南北朝時代〜江戸時代−京都府指定文化財、・ 紙本淡彩六祖彗能−福知山市指定文化財、・ 絹本著色愚中周及像−福知山市指定文化財です。

1.天寧寺標柱(此処から更に山腹を3キロ登って行きます。)全ての画像はクリックすると拡大します。
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2.駐車場から見た天寧寺
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3.駒札
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4.山門と薬師堂が間から見える!
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5.山門を潜ると歴代住職の石塔が左側に見える!
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6.左側に宝庫、正面に薬師堂を見る!
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7.薬師堂に向かって右側に鐘楼、方丈を見る!
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8.地蔵菩薩堂
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アップで見る!
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9.薬師堂と右には開山堂が見える!
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10.駒札
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11.同上
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12.薬師堂の須弥壇を見る!
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13.天井の龍の絵を撮影したいが!無理だ!
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14.天井の龍の絵を借りてきました!見て下さい!
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15.大方丈
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16.大方丈前の庭園の一部
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