2019/11/5

丹後を見る!宮津藩第二代目藩主京極高広が母の追善のため建立した見事な智源寺!  綾部の文化財

京都府宮津市京街道769には宮津初代藩主・京極高知の妻が慶長17年(1612)に亡くなったあと、息子の京極高広が寛永2年(1625)5月、母の追善供養のために当寺を開創。山号(松渓山)と寺号(智源寺)はその戒名「惣持院殿松渓智源大禅定尼」に由来している。寛文元年(1661)大本山永平寺より僧録司に任ぜられ、中本山として丹後曹洞宗の諸寺を統率した。本堂は文化元年(1804)3月に再建された。本尊は聖観世音菩薩。黄金の立像は飛鳥期末、元興寺の道昭の作。安永元年(1772)4月、宮津吉原の畑より出土した後、40年間宮津城中に祭祀されていたが、文化8年(18111)2月、藩主・松平宗発より賜り、秘仏とされている。本堂の格天井に描かれている花草図は、江戸時代後期円山四條派・土佐派、20人の傑作で、京都府の文化財に指定されている。本堂再建時に作成された障壁画の一部が客殿に再現されている。

1.見事な山門
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2.駒札(画像をクリックすると拡大します。)
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3.黒門(中門)前の見事な禅宗庭園です。
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4.黒門
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5.見事な山門(赤門)
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6.阿形の仁王像
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7.吽形の仁王像
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8.鐘楼(文化元年再建のもので,梵鐘は寛永24年4月京極高広の寄進。第二次大戦中供出されたが、戦後名鐘の故を以て返還された。鋳物師は丹後宮津住木崎善右衛門)
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9.本堂
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10.専門僧堂を見る!
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11.本堂をアップで見る!
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12.同上
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13.見事な本堂の須弥壇
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14.惣持院殿松渓智源大禅定尼のお墓(本堂裏山墓地の最上段にあり、高さ3メートルもある大五輪塔です.登り道が急斜面でギブアップでした。

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