2007/5/20

キトラ古墳壁画「玄武」特別公開と飛鳥その2  綾部の文化財

明日香・飛鳥・飛ぶ鳥の明日香!!!飛鳥の時代・飛鳥の範囲(狭義と広義)
 飛鳥の時代は、舒明天皇の頃(630年頃)から持統天皇の藤原宮遷都(694年)までの約65年間。その範囲は、北は香具山の麓から南の橘寺に至る約2キロメートル東西約0.5キロメートルの地を言う。(清原和義著「万葉の歌」)しかし今日の通説では、推古天皇即位位(592年)から、元明天皇の平城遷都(710年)までの約110年間、北は藤原宮跡から南の檜隈、キトラ遺跡のあたりまで、現在の明日香村全域きをよんでいる。甘樫丘は、そのほぼ中央に位置し、丘の東側を通って南から北へ飛鳥川が流れる。そんなに広くない所に、豊浦宮(推古天皇)・飛鳥岡本宮(舒明天皇)・飛鳥板蓋宮(皇極天皇.蘇我入鹿はここで謀殺されたという)・飛鳥淨御原宮(天武天皇・持統天皇)等の宮が造営された。檜隈大内陵や高松塚古墳、キトラ古墳等の墳墓や、たくさんの遺跡がある。激動の歴史の舞台、万葉人達が往来した所、私達の心の古里である。標高145メートルの甘樫丘、何処からでも眺められる丘陵。ここに蘇我氏の邸宅があった。「蘇我大臣蝦夷・児入鹿臣、家を甘檮岡に雙べ起つ。大臣の家を呼びて、上の宮門と曰う。入鹿の家をば谷の宮門と曰ふ」と「日本書記」に記される。平成17年、東麓から6棟の建物跡が出土し、その家の一部でではないかとされた。次に続く。

実物は撮影禁止なので解説本からの「玄武」
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甘樫丘から下りる途中の「志貴皇子の歌」
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聖徳太子誕生の地
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明日香村埋蔵文化財展示室(入場無料)
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展示室内部(写真可)
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飛鳥水落遺跡説明版
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飛鳥「国史跡の水落遺跡」
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