2019/6/12

古都奈良を見る!怨霊を鎮めると云われる藤原広嗣を祀る南都鏡神社!  文化財研修記

奈良市高畑町468には怨霊を鎮めると云われる藤原広嗣を祀る南都鏡神社!神社の歴史は古く、平安時代に入って間もない時期の大同6年(806)に隣接する新薬師寺の鎮守社として創建されたことに始まります。なお、創建にあたっては、現在の佐賀県唐津市にある「鏡神社」から奈良時代に謀反を起こしたとして処刑された藤原広嗣を御祭神として勧請を受けたものとされており、この神社は藤原広嗣の怨霊・御霊を鎮める神社としての役割を果たしてきました。藤原広嗣とはどんな人物か?さて、その「怨霊伝説」の由来となった藤原広嗣という人物ですが、彼は藤原不比等の三男である藤原宇合の息子として生まれた人物となっています。広嗣は天平9年(737)に天然痘の流行により「藤原四兄弟」として名をはせた宇合ら有力貴族が全員死亡する中で生き、その後反藤原氏勢力の台頭により左遷されるれる中、親族への誹謗を理由に大宰少弐に左遷される。天平12年(740)左遷されていた藤原広嗣(ひろつぐ)が大宰府に拠って軍勢1万を集め反乱を起こしたが,鎮圧処刑された。所謂,皇族・橘諸兄などと藤原一族の勢力争いだった。

1.鏡神社の標柱と大鳥居
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2.本殿の駒札
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3.見事な舞殿
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4.神門から見る拝殿!
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5.見事な拝殿と本殿を見る!
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6.春日くずしの見事な本殿
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7.本殿の駒札
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8.イチイガシの駒札
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9.見事なイチイガシ
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10.もう一度本殿を正面から見ます!
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