2019/6/5

古都・奈良を見る!日本で唯一の氷室の創始者の神・闘鶏稲置大山主命を祀る氷室神社!  文化財研修記

奈良市春日野町1−4には日本で唯一の氷室の創始者の神・闘鶏稲置大山主命(つげいなぎおおやまぬしみこと、都祁地方の国造)を祀る氷室神社)(ひむろじんじゃ)がある。由緒は「氷室神社縁起」絵巻に記されており、また『続日本紀』や『元要記』にも散見される。和銅3年(711)、元明天0皇の勅命により、吉城川上流の月日磐に氷神を奉祀し、厳寒に結氷たものを氷室に蓄え、翌年に平城京へ献氷させる制度が創始された。翌和銅4年(711)6月1日に初めて献氷の勅祭が興され、以降年4月1日より9月30日まで平城京に氷を納めた。奈良朝7代、70年余りの間はこの制度は継続したが、平安遷都後は廃止され、貞観2年(860)、清和天皇の時期になって、現在の地に奉遷され、左右2神併せ三座となった。社殿が建立されのは建保5年(1217)とされている。以来、春日大社の別宮に、式年費用や営繕費、祭礼費な日社、興福寺の朱印高2万石、および社頭所禄、三方楽所料2千石などの一部によって行われ明治以降はこの制度も廃止され、氏子と冷凍氷業界の奉賛により維持される形になっている。正面石段を登ると表門(四脚門)と東西廊がある。この3棟は奈良県指定有形文化財であり、棟札が建物の附(つけたり)として指定されている。棟札によると、表門は寛永19年(1642)の修理であり、内裏の日御門扉および金5枚を寄付されて修復されたとある。門は四脚門形式で屋根は本瓦葺、東西廊は門に接続し、それぞれ桁行3間、梁行2間である。本殿は奈良県指定有形文化財で三間社流造・檜皮葺で江戸時代末期の造替といわれる。本殿床下には2室があり、両開き板戸がつけられている。本殿前の拝殿は、勾欄付きで舞楽殿となっている。境内社の舞光社は南都雅楽の楽祖で、楽人達の氏神である狛光高公を祀っている。社殿は一間社春日造の見世棚がついている。祓戸社は住吉社とも呼ばれ、手水舎向かいに祀られている。国重文の木造舞楽面 陵王 1面、奈良国立博物館に寄託。木造彩色、長さ29.5センチメートル、幅24センチメートル、鎌倉時代の作。献氷祭は奈良時代、春日野に氷池や氷室を設け、氷の神を祀り、春迎えとして順調な気候と豊作を祈願する祭りが営まれていた。現在は全国各地より、製氷・販売業者が参列し、業績成就を祈願する祭りとなっており、業界繁忙な6月を避けて5月1日に行われている。神前に花氷や鯛の結氷などの花氷3基、氷柱6基を捧げ、舞楽殿では舞楽4曲が奉じられる。例祭は永久5年(1117)9月1日、鳥羽天皇の時代に悪疫鎮止のため始められたという。源平の騒乱の後一時絶えたが、建保5年(1217)、順徳天皇によって南都方楽所の氏神として仰ぎ再興され、日の使も参向したと伝わる。江戸時代の終わりまでは、氷室の舞楽祭等と称され、1日夜18時〜20時までと翌2日の後宴祭は別願の舞楽と呼ばれ、38曲もの曲が演じられ終日舞楽が奉献されていたとの記録が残っている。明治までの渡御お旅所は、旧一條院宮邸の玄関に鳳輦(神輿)が安置され、興福寺の別当一乗院宮が参列し御旅所祭を執行した。神社との往復途上、道楽と称し奏楽しつつ練り歩いたと伝わる。明治以降は興福寺南大門跡が御旅所となった。渡御は氏子の要望により、その後氏子区域32ヶ町を近年まで巡幸していたが、交通事情煩雑の為現在は中止されている。(ウイキぺデアから抜粋掲載)

1.宿から徒歩で春日神社の一の門前を通リ、氷室神社へ向かう。
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2.国立奈良博物館横を通る!
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3.見事な氷室神社の門(四脚門が良く判る)
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4.正面参道を見る!
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5.右手の手水舎と満開の桜
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6.境内社の祓戸社
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7.表門と拝殿を見上げる!
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8.見事な表門は東西廊に接続しています。
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9.表門をアップで見ます!
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10駒札
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11.見事な拝殿と其の後ろの本殿を左側から見る!
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12.拝殿後部と本殿を左側から見ます!
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13.拝殿を正面から見る!
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14.駒札
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15.本殿全景を右側から見る!
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16.拝殿左側から表門と東西廊を見る!
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17.見事な桜満開の境内です!
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