2019/3/9

京丹波を見る!福知山城の城門を山門に持つ福知山城主・朽木氏の菩提寺・法鷲寺!  文化財研修記

京都府福知山市下紺屋町86−4には福知山城主・朽木氏の菩提寺で福知山城城門を山門とする浄土宗法鷲寺(ほうじゅうじ)がある。内法が高く、豪壮な風格を持つ大型の高麗門である。軒桁より上は新材に変わっているが、鬼瓦は朽木氏の家紋である「四つ目結」が残されている。肘木から下はよく保存されている。袖塀は、様式が当初とは変わっているようである。法鷲寺の創建は室町時代末期の永禄11年(1568)、喜屋清右衛門が宝誉上人を招いて開山したのが始まりと伝えられています。当初は呉服町にありましたが寛文10年(1670)に現在地に移り寛政7年(1795)には信州善光寺(長野県長野市)の念仏道場にもなっています。江戸時代は福知山藩主朽木家から帰依され寺運が隆盛しますが文化4年(1807)、安政4年(1857)の火災、明治29年(1896)、明治40年(1907)、昭和19年(1944)の大洪水により大きな被害を出しています。山門は福知山城の城門の1つと伝えられている高麗門で、数少ない福知山城の遺構として貴重なことから福知山市指定文化財に指定されています。ご本尊は阿弥陀如来様です。

1.法鷲寺の標柱
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2.見事な高麗門です!
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3.朽木氏の家紋・四つ目結が見えます!
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4.駒札(画像をクリックされると拡大して読めます。)
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5.再度見ます!
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6.駒札
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7.見事な本堂です!
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8.見事な鐘楼です!
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