2017/8/16

遠州浜松を見る!27.三方ヶ原合戦で家康公の身代わり戦死した成瀬藤蔵正義のお墓のある宗源院!  文化財研修記

浜松市中区蛽塚1−201には山号を宝蔵山(ほうぞうさん)という宗源院(そうげんいん)がある。西来院と同様に曹洞宗普済寺十三派の在天派に属し、華蔵義曇(けぞうぎどん)の法弟在天弘雲和尚が応永23年(1516)に開創しました。本尊は虚空蔵菩薩・釈迦牟尼佛・普賢菩薩です。 室町時代後期には、今川氏の庇護をうけ、義元自身が開基としての役割を果たし、堂塔伽藍の再建を行っています。そうした関係を裏付ける史料として、この寺には今川義元と氏真の判物残されており、この古文書は、浜松市の文化財に指定されています。 閑静な山内には、三方原合戦の際、家康の身代わりとして戦死した成瀬藤蔵正義、旗手として討死した外山小作正重、遠藤右近の墓があり、また、浜松城主松平伊豆守信祝(のぶとき)が娘多世姫(享年18歳)のために建てたという墓があります。他にも、源太夫堀を構築した小笠原源太夫の千代子夫人の墓もあります。
また、徳川家康が在城した当時寺の東南一帯に的場があり、家康がここで弓の稽古に励んだといわれています。

1.宗源院山門
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2.弁財天堂
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3.見事な鐘楼
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4.駒札
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5.見事な本堂
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6.三方ヶ原合戦で家康公の身代わりで戦死した成瀬藤蔵正義公のお墓などへの道
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7.成瀬藤蔵正義公のお墓
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8.旗手として討死した外山小作正重、遠藤右近の墓
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