2016/10/23

山形・仙台を見る!15.米沢城本丸跡の上杉謙信公を祀る上杉神社!  文化財研修記

山形県米沢市には天正6年(1578)上杉謙信公が、越後春日山城で急死した際、遺骸は城内の不識庵に仏式にて祭られたが、次代の上杉景勝が会津を経て慶長6年(1601)に米沢へ移封されたのに合わせ、謙信の祠堂も米沢に遷された。以後、米沢城二の丸の法音寺を主席とする11ヶ寺が交代で祭祀を執り行ってきたが、明治に入ると神仏分離令、廃城令などにより、謙信の遺骸が城内から上杉家廟所に移され、その守護のために法音寺も廟所前に移転した。更に、城内に留まっている謙信の霊魂を神式で祀るため、11ヶ寺次席の大乗寺の僧侶が還俗して神官となった。この時、姓を大乗寺とし、現在も同家で宮司職を務めている。併せて米沢藩中興の名君である上杉鷹山を合祀し、山形県社「上杉神社」とした。明治9年(1876)5月21日、現在の旧米沢城奥御殿跡に社殿が遷座された。明治35年(1902)4月26日には別格官幣社に列せられる。この時鷹山は新たに設けた摂社「松岬神社」に遷され、上杉神社は再び謙信のみを祀ることとなった。大正8年(1919)の大火で境内は本殿以下全焼し、伊東忠太の設計により現在に残る社殿が再建された。

1.上杉神社の大鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

2.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します

3.二の大鳥居を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

4.見事な神門と拝殿です!
クリックすると元のサイズで表示します

5.阿形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

6.吽形の狛犬
クリックすると元のサイズで表示します

7.見事な拝殿前の神門!
クリックすると元のサイズで表示します

8.見事な拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

9.拝殿内陣
クリックすると元のサイズで表示します

10.拝殿後部と本殿を斜めから見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ