2016/9/20

高知・伊予を見る!37.天智天皇の時代に創建された古社・阿沼美神社!  文化財研修記

松山市味酒町3−1には社伝によると越智守興が天智天皇3年(664)に創建したとされる阿沼美神社(あぬみじんじゃ)がある。味耳命の後裔である久米氏の氏神でもあったとされる。もとは現在松山城の建つ勝山の頂上にあり、「勝山三島大明神」とも称していた。慶長7年(1602)加藤嘉明が松山城を築く際、味酒村に移されたことから「味酒神社」と称するようになった。旧社格は県社。神紋は「傍折敷角切縮三文字」で、河野氏の家紋に同じである。ご祭神は主祭神大山積命 (おおやまづみのみこと)であり、雷神 (いかずちのかみ)、味耳命 (うましみみのみこと) 高御魂命八世の裔孫だが事蹟不詳。久米氏が末裔にあたる。その他多くの神を祀っている。その後も歴代松山藩主から篤く崇敬された。当時、味酒神社の行宮所は堀之内の西ノ馬場と城山東麓の杉谷にあり、それぞれ松山城の裏鬼門・表鬼門とされていた。また、通りを南に一つ隔てた曹洞宗江勝山雲祥寺は、明治4年(1871)の神仏分離令が出るまで、阿沼美神社の別当寺として社僧が仕えていたとされる。式内社・阿沼美神社とされて近代社格制度において県社に列格し、社号を旧称の「阿沼美神社」に復した。昭和20年(2945)7月の松山空襲で、社殿など数多くの建物が焼失し、昭和32年(1957)8月、鉄筋コンクリートの社殿が完成した。拝殿 内部には、旧伊予松山藩藩主の嫡流で元愛媛県知事の久松定武が揮毫した社号の額面が掲げられている。又、3つの句碑で有名です。

1.阿沼美神社を正面から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

2.栗田樗堂(くりたちょどう)の句碑
クリックすると元のサイズで表示します

3.同上 駒札
クリックすると元のサイズで表示します

4.巨大な鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

5.松尾芭蕉の句碑と駒札
クリックすると元のサイズで表示します

6.巨大な拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

7.拝殿内陣(扁額は元松山藩久松家の嫡流のものです。)
クリックすると元のサイズで表示します

8.正岡子規の句碑
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ