2016/9/16

高知・伊予を見る!35.日本12名城の一つ松山城を見る!3−3  文化財研修記

松山城は、松山市の中心部である標高132mの城山(勝山)山頂に本丸があり、裾野に二之丸にのまる(二之丸史跡庭園にのまるしせきていえん)、三之丸(堀之内)がある、広大な平山城です。加藤嘉明(かとうよしあき)公こうが1602年から築城を開始し、わが国の築城史上、最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で、「現存する12天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有しています。加藤氏は、城の完成前に会津藩へ転封となり、蒲生氏を経て1635年から明治維新までの235年間に渡り、親藩大名であった松平家の居城となりました。わが国最後の完全な城郭建築と言われている大天守の最上階からは、360度眺望がひらけ、松山平野まつやまへいやや瀬戸内海などを見渡すことができます。日本で唯一現存している望楼型二重櫓(ぼうろうがたにじゅうやぐら)である野原櫓や、「現存12天守」の城郭では松山城と彦根城しか存在が確認されていない、韓国の倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸にのまるから本丸にかけてあり、また、堀之内を含む城山公園全体が国の史跡で、「日本さくら名所100選(平成元年)」や「日本の歴史公園100選の指定も受けています。 

1.三ノ門
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2.二ノ門
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3.大天守を見上げる!
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4.大天守閣を登る!
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5.初代松山城々主・加藤嘉名(よしあき)公の鎧兜
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6.第三代目城主の松平定行の鎧兜(この松平定行は徳川家康公の異父同母弟の松平定勝の子で明治維新まで続くが明治維新後旧姓の久松姓に戻った。)
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7.天守閣にある「石落(いしおとし)」
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8.松山城全景を見る!
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9.平成18年81年振りに天守閣のシャチが変わった!この旧シャチは全国に名前を募集して、左が天丸、右がまつ姫と決まった!
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10.ロープウエー乗り場近くには加藤嘉明の騎馬像がある!
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