2016/8/19

高知・伊予を見る!21.国名勝指定で江戸時代の池泉回遊式庭園・天赦園!  文化財研修記

宇和島市御殿町9−2には国名勝庭園で江戸時代の見事な庭園・天赦園(てんしゃえん)がある。元は宇和島藩2代藩主の伊達宗利が海を埋め立てて造成した浜御殿の一部であったが、幕末に7代藩主の伊達宗紀(百歳長寿の大名)が文久2年(1862)から隠居所とと定め、南御殿として住はじめ、慶応2年(1866)に築庭した。鬼ヶ城連峰を借景とした池泉回遊式の庭園で、大名庭園でもある。
天赦園の名は、伊達政宗が詠んだ漢詩:
馬上少年過世平白髪多残躯天所赦 不楽是如何(馬上に少年過ぎ世は平にして白髪多し残躯は天の赦す所楽しまずして是を如何せん)の一節にちなみ、余生を十分に過ごしたいという思いが込められており、宗紀は隠棲のためにこの天赦園を築き、庵を結んだ。園内には伊達家の家紋である「竹に雀」より竹を配しているのが特徴で、珍種も含め約20種もの竹や笹が植栽されている。また、伊達氏の先祖が藤原氏であったことから、多くの藤が植えられ、藤の名所としても名高い。宗紀は隠居後も宗城・宗徳を支えてこの地で家臣や蘭学者の高野長英や村田蔵六(大村益次郎)・薩摩藩の西郷隆盛らと、国事を論じたといわれている。

1.天赦園前バス停から降りると案内版があった。
クリックすると元のサイズで表示します

2.宇和島市地図で「天赦園」は一番上の右寄りです!
クリックすると元のサイズで表示します

3.駒札
クリックすると元のサイズで表示します

4.天赦園入口!内容的には300円の入園料は安かった!
クリックすると元のサイズで表示します

5.かずら石(元国宝の宇和島城の追手門の基礎石、戦災で追手門は焼失した!)
クリックすると元のサイズで表示します

6.天赦園案内板
クリックすると元のサイズで表示します

7.花菖蒲園の一部
クリックすると元のサイズで表示します

8.文学碑
クリックすると元のサイズで表示します

9.書室・春雨亭を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

10.下記をクリックして、「音声付動画」で見事な天赦園をざーと見て下さい!
https://youtu.be/sa_x5SY7bFw


11.庭園尾池の一部
クリックすると元のサイズで表示します

12.同上
クリックすると元のサイズで表示します

13.オカメ笹(園内には20種類もの竹があります。)
クリックすると元のサイズで表示します

14.月見亭から天赦園を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ