2016/4/23

豊後・阿蘇を見る!47.奥平神社と高輪地蔵!  文化財研修記

中津城址にはご神体は、奥平家中興の祖 奥平貞能・信昌・家昌公三柱の御祭神が祀られている奥平神社があある。のちに宇都宮城(栃木)を経て宮津城(京都)から入城した7代目 奥平昌茂公は中津城入場の翌年享保3年正月(1718)、城内の二の丸にあった観音院を祈祷所と改称し、十一代目昌高公が天明7年(1788)、祈願所を長福寺と改名いたしました。現在の中津裁判所がその旧敷地であります。 ご祭神の貞能・信昌・家昌三公は永禄3年(1561)より元亀・天正・文禄を経て慶長19年(1619) 特に奥平家二代目の信昌公は関が原の合戦後、初代京都諸司代として綱紀を振るい凶賊から庶民を護りました。後世武士(もののふ)の鑑(かがみ)として徳川三百年の礎(いしずえ)を築き、人々から義勇と武功を称えられました。
(案内板より)

1.奥平神社拝殿(拝殿正面の賽銭箱には奥平家の家紋の軍「配団扇」の見事な浮彫がある。)
クリックすると元のサイズで表示します

2.拝殿をアップで見る!
クリックすると元のサイズで表示します

3.本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

4.駒札
クリックすると元のサイズで表示します

5.高輪地蔵尊の駒札
クリックすると元のサイズで表示します

6.高輪地蔵尊
クリックすると元のサイズで表示します

7.同上 アップで見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ