2016/1/27

豊後・阿蘇を見る!3.豊後一の宮・西寒多神社!  文化財研修記

西寒多神社(ささむたじんじゃ)は、大分県大分市にある神社で式内社(大社)、豊後国一宮で旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社です。主祭神(本殿)は西寒多大神 (ささむたのおおかみ) 天照皇大御神、月読尊、天忍穂耳命の総称としている。相殿神は応神天皇、神功皇后、武内宿禰、殿内所在諸神は伊弉諾大神、伊弉册大神、大直日大神、神直日大神、天思兼大神、大歳大神、倉稲魂大神、軻遇突智大神、天児屋根命、経津主神などである。
 「大分郡志」によれば、神功皇后が三韓征伐からの帰途、西寒多山(現 本宮山)に臨幸し、その証として山頂に白旗を立てたという。当地の人々はこれを崇敬して籬垣を結んで拝んでいた。その後、応神天皇9年4月、武内宿禰が本宮山上に祠を建てたのが創祀であるという。この伝承から、当社は本宮山を神体山として成立したと見られている。国史の初見は、『日本三代実録』貞観11年(869)3月22日条の西寒多神に従五位下を授けるという記述である。『延喜式』神名帳では豊後国大分郡に「西寒多神社」と記載され、豊後国では唯一の大社に列した。また、豊後国一宮として崇敬されたという。平安時代後期以降は衰退したが、中世以降は領主の大友氏の崇敬を受けた。西寒田神社(大分県臼杵市)があるが『豊後国志』『太宰管内志』では、そちらが本祠であるとし、応永15年(1408)3月に大友親世(第10代当主で南北朝時代足利義満公に味方した北朝方)が現在地に遷座したと伝えている。一方、大分郡の郡域や本宮山伝承から、こちらが本祠であろうとする見方が強いと言われています。
大友氏系図;抱き杏葉紋である。初代能直 - 親秀 - 泰直(頼泰) - 親時 - 貞親 - 貞宗 - 氏泰 - 氏時 - 氏継 - 親世 - 親著 - 持直 - 親綱 - 親隆 - 親繁 - 政親 - 義右 - 親治 - 義長 - 義鑑 - 義鎮(宗麟) - 義統 - 義乗 - 義親の時に断絶したが後に高家として再興 した。

1.西寒多神社の一之大鳥居
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2.参道途中の「大分指定樹のむくの木」駒札
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3.巨大なむくの木
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4.参道途中は旗が一杯!
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5.神社の駒札(珍しく陶板である。)
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6.市指定文化財の万年橋(太鼓橋)を横から見る!
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7.神社の駒札
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8.神社のご神木の駒札
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9.巨大な神社の御神木のおがたまの木
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10.摂社厳島神社
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11.拝殿を見る!
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12.阿形の狛犬
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13.吽形の狛犬
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14.拝殿をアップで見る!菊の神紋が鮮やかだ!
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15.拝殿の彫刻を見る!
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16.拝殿の内陣を見る!
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17.拝殿後部と回廊と中殿を横から見る!
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18.本殿は撮影不可能!中殿と本殿の屋根が見える!
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19.市指定文化財の校倉造(あぜくらつくり)の宝物館
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20.古代の大分の名前のつく豪族を祀る摂社!
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21.藤のシーズンには見事な藤の花が咲くと言う藤の巨木!
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22.西寒多神社の藤まつり(5月の連休日)の奉納お神楽を見たい方は、下記をクリックして
「音声付動画」をU−tubeで見て下さい!
https://youtu.be/dVWXch-2DSo



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