2015/11/14

家康公400年祭!41.江戸時代の小田原藩主家大久保一族のお墓のある大久寺!  綾部の文化財

小田原市の箱根登山鉄道板橋駅から徒歩10分で大久寺は宝聚山随心院と号法華宗(現在は日蓮宗)の寺で、小田原大久保の初代七郎を開基とする寺である。天正18年(1590)の小田原合戦に、徳川家康に従って参戦した遠州二俣城主大久忠世は、合戦後論行賞によって小田原城4万5千石が与えられた。この時、忠世は日頃から帰院依していた僧自得院日英を二俣から招請し、しばらくは石垣山三の丸(古称聖人屋敷)に仮住いでいた。そして忠世が開基となって寺の建設をすすめ、翌天正19年堂字が完成すると、日英を開山とする大久保家の菩提寺とした。慶長19年(1614)二代相模忠隣の時、大久保家が改易になると寺も衰退したので、寛永10年(1663)石川主殿頭忠総(忠隣二男・石川日向守成養子)が大久寺を江戸下谷に移した、
その後、大久保新八郎康任が石塔、位牌を戻して大久寺がこの地に再建された。墓石は正面右から小田原大久保氏3代加賀守忠常、2代相模守忠隣、藩祖七郎右衛門忠世、勘三郎忠良(忠勝5男)、五郎左衛門忠勝(忠後の子)、常源忠後(忠世の伯父)、忠良の娘の墓で、これらは前期大久保氏一族の墓所として小田原市の史跡に指定されている。大久保氏の墓所は、法華宗陣門流の大本山京都の本禅寺、愛知県岡崎市の長福寺、東京青山の教学院にもある。

1.大久寺標柱
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2.山門
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3.駒札
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4.本堂
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5.本堂内の見事な須弥檀
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6.本堂の巨大な古瓦!
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7.大久保一族の墓所の駒札
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8.墓所その1.
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9.墓所その2.
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10.墓所その3.
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