2015/10/26

家康公400年祭!31.家康公が幼少の時人質としてこの近くに居住し参拝した小梳神社!  文化財研修記

JR静岡駅から北へ200メートルほどの紺屋町には延喜式神名帳に「駿河国安倍郡小梳神社(おぐしじんじゃ)」とある。諸郡神階帳に「正五位下安倍郡小楠神社。」と、又惣国風土記に「小梳公穀260束、仮粟112丸、小梳神社所祭素盞(嗚)尊、奇稲田姫也、小梳後号東川辺、延喜式安倍郡小梳神社とあるは此社なり。」と記載されている。大宝令の定めにより横田駅が設けられて以来、その守護神として信仰され、貞観の頃から祇園信仰が全国に拡まるに連れて、当神社は少将井神社とも云われるようになった。この東川辺の地に駿府城が築かれて以来は、府城の守護神としての信仰も加わった。 特に徳川家康が幼時今川家の人質として当神社の傍に住居し、日夜武運長久を祈願し、やがて元和元年大阪夏の陣が終り天下を平定してこの駿府城に止まるにあたり、代々徳川家の守り神伝わる大巳貴命、天照大神二神を小梳神社に合祀し少将井五所大神宮と称した。元和元年(1615)9月3日林道春に命じてこの由を社講に識さしめ奉献したものが現存している。これよりさき、慶長14年(1609)駿府城の城域拡張により、当神社はその郭内に入ったので駿河大納言は不敬を冐すをおそれ、且庶民参拝の便をはかって、寛永八年新谷町に仮宮を造って奉遷し、延宝3(1675)年現在の地に社殿を造営して遷宮した。この造営の事にあたったのは城代松平右近太夫を始め町奉行大久保甚兵衛外、城番、番頭、1、2、3加番、目付其の他である。翌延宝4年から隔年に神幸祭が行われた。この神幸祭はぎおん祭といわれ、町奉行、与力、同心が警護にあたり、加番衆出し馬あり、駿府の町々は1番より4番まで組合を定め各町より屋台、台の物なと踟物を出し、「供奉の行列装束を粧い、引連なる踟物の結構は都山王神社の祭礼に彷彿たり。」と駿国雑誌に記載されている。

1.JR静岡駅北口にある竹千代君像
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2.同じく北口にある徳川家康公像
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3.JR静岡駅から北へ200メートルほどの紺屋町にある小梳神社(おぐしじんじゃ)の鳥居と標柱
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4.珍しい青銅の阿形の狛犬
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5.同上 吽形の狛犬
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6.手水舎
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7.神社の駒札
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8.拝殿・本殿
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9.拝殿内陣
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10.拝殿の額
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11.下記をクリックして、「音声付動画」で小梳神社(おぐしじんじゃ)の秋祭り「神輿渡御」を見て下さい!
https://youtu.be/4cEa_9J3taI

12.末社の宗像神社
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13.末社の稲荷神社
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14.新庭道雄の碑
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