2015/8/22

小さな越前の旅!5.国特別史跡・名勝よみがえる戦国城下町・一乗谷朝倉氏遺跡2−2!  文化財研修記

前々回福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館で詳しく朝倉氏の経過を説明したので、今回は現地で実際に発掘再現された遺跡を見てみよう!一乗谷とは、福井市内から東南へ10キロほど行った付近で足羽川に流れ込む一乗谷川沿いの細長い谷筋でをいう。戦国時代に越前の国を支配した朝倉氏は、この地に山城の一乗谷城と山麓の館および城下町を築いて、往時は1万人余りの人口を抱え100年の繁栄を誇った。しかし、天正元年(1573)8月、織田信長の軍が一乗谷に攻め込み、柴田勝家は方々に放火を命じた。火は三日三晩燃え続け、一乗谷の城下町はすっかり灰燼に帰した。その後、一向一揆を壊滅させた柴田勝家は北の庄に築城を始めると、焼け野原となった一乗谷は見捨てられ、朝倉氏五代の城下町の跡は田畑・原野となってそっくり埋もれてしまった。小生は約30年前に現地を訪れ、同行の子供に「野原を見に来たのか?」など尋ねられ説明に窮したものだが、今回訪れると見事に発掘再現されていた。一乗谷朝倉氏遺跡の発掘調査が開始されたのは、それからおよそ400年後の昭和43年(1968)からである。調査は今も続行している。40年以上におよぶ発掘でさまざまな発見があった。姿を現したのは、一乗谷川に沿った狭い平地部に築かれた朝倉氏5代の居城と、その周辺に計画的に配置された武家屋敷、寺院、そして職人たちの町屋の遺構だった。戦国時代の”村”ではなくて、”城下町”の跡がそのまま発見されるのは、極めてめずらしいことである。

1.一乗谷川対岸の「唐門」を見る!
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2.駒札
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3.見事な巨木の桜
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4.朝倉館駒札
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5.朝倉氏邸宅跡
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6.第5代朝倉義景公墓所
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7.下記をクリックして、「音声付動画」で近辺を見て下さい!
https://youtu.be/9eVwtlNQst8

8.国名勝豪壮華麗な庭園
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9.庭園駒札
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10.同上
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11.庭園駒札
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12.同上庭園
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