2015/1/21

九州の文化財・史址を見る!5.筑前国の一之宮で日本三大八幡宮の一つ筥崎宮!  文化財研修記

福岡市東区箱崎1−22−1には筑前国(ちくぜんのくに)一之宮で、大分県の宇佐八幡宮、京都府の石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮と呼ばれる筥崎宮(はこざきぐう)がある。勿論祭神は応神天皇、神后皇后、玉依姫命であり、延喜式神名帳に記載される式内社である。。創建の時期については諸説あり断定することは困難ですが、古録によれば、平安時代の中頃である延喜
21年(921)、醍醐(だいご)天皇が神勅により「敵国降伏」(てきこくこうふく)の宸筆(しんぴつ)を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)筑前大分(だいぶ)宮(穂波宮)より遷座したことになっております。創建後は祈りの場として朝野を問わず篤い崇敬を集めるとともに、海外との交流の門戸として重要な役割を果たしました。
 鎌倉中期、蒙古(もうこ)襲来(元寇)のおり、俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、厄除・勝運の神としても有名です。後世は足利尊氏、大内義隆、小早川隆景、豊臣秀吉など歴史に名だたる武将が参詣、武功・文教にすぐれた八幡大神の御神徳を仰ぎ筥崎宮は隆盛を辿りました。江戸時代には福岡藩初代藩主黒田長政、以下歴代藩主も崇敬を怠ることはありませんでした。明治以降は近代国家を目指す日本とともに有り、同18年には官幣中社に、大正3年には官幣大社に社格を進められ、近年では全国より崇敬を集めるとともに、玉取祭や放生会大祭などの福博の四季を彩る杜(もり)として広く親しまれています。一部神社HPを抜粋。

1.筥崎宮の長い参道
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2.一の鳥居
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3.一の鳥居をアップで見る!
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4.楼門を遠方より見る!
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5.大社 筥崎宮駒札(画像をクリックすると拡大し読めます。)
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6.駒札
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7.見事な手水舎
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8.湧出石!
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9.同上駒札
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10.御神木の筥松(画像をクリックすると拡大して読めます)
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11.楼門(楼門が拝殿となっています。この楼門は小早川隆景により文禄3年(1594)の造営です。見れない本殿と拝殿は大内義隆により天文15年(1546)に再建したものです。)
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12.楼門の中央の屋根をアップして見ます!
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13.楼門内の拝殿が見えます!
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14.境内には多くの境内社があります!
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15.筆塚
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16.木造亀山上皇御神象(銅像原型)総高612.4Cmもああり明治の木造彫刻としては最大です。ガラスで覆われているので反射して撮影は上手にできません。)
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17.同上 駒札(画像をクリックして拡大して読んで下さい。)
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18.御神木の大楠
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19.唐船塔など
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20同上 駒札(画像をクリックして頂くと拡大して読めます。)
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