2015/1/15

九州の文化財・史址を見る!2.「唐造り」と呼ばれる珍しい天守閣を持つ小倉城!  文化財研修記

北九州市小倉北区城内2−1には細川忠興が築城した関門海峡を望み九州の玄関口に位置する小倉城(こくらじょう)があります。永禄12年(1569)、中国地方の毛利氏が現在の小倉城のある場所に城を造り、慶長7年(1602)、細川忠興が今のような城を造りました。  関ヶ原の戦いで徳川方の武将として活躍した忠興は、小倉を中心に約39万9千石の土地を治めました。寛永9年(1632)、2代目藩主細川忠利は肥後国へ移り、変わって播磨国から譜代大名の小笠原忠宗が小倉に入国しました。細川忠興(1563〜1646)は、織田信長・豊臣秀吉につかえ、丹後国(京都府宮津市、舞鶴市)を与えられました。忠興の忠は、織田信忠(信長の子)の一字をもらって名付けられました。秀吉の死後、徳川家の家来となり、関ヶ原の戦いでも活躍し豊前一国と豊後の2郡を与えられ、最初に中津城を居城としたが小倉の方が領国の支配の条件に恵まれており新城を小倉に造りました。小倉藩主としては歌や茶を好み、海外貿易にも力を入れました。当時としては大変珍しい「唐造り」と呼ばれる5層6階(高さ29M)の天守閣の平城の小倉城をつくり、城下町小倉を賑わいのある町につくり上げました。小笠原家は関ヶ原の戦い以前から徳川家に仕えた譜代大名でした。小笠原忠真(1596〜1667)は、大阪の陣で徳川方として戦い、父と兄が戦死したため、小笠原家を継ぐことになりました。忠真の忠は、二代将軍徳川秀忠の一字をもらって名付けられました。小倉藩主としては、広寿山福聚寺を建てたり、中国から伝わった黄檗美術(書・絵など)を広めたりしました。

1.JR小倉駅
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2.小倉城(勝山城)(JR小倉駅より徒歩15分)
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3.小倉城駒札(画像をクリックして頂くと3000ピクセルの大画面で読めます。)
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4.下記をクリックして、「音声付動画」で小倉城を見て下さい!
http://youtu.be/drGq4Sf52Co

5.小倉城天守閣へ向かう!
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6.大手門跡
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7.槻門跡
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8.小倉城天守閣(修理工事で入場できず!)
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9.同上
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10同上
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11.中津口門の大石の駒札(画像をクリックして頂くと拡大して読めます!)
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12.細川石
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13.小笠原石
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