2014/11/26

房総の文化財・史址を見る!19.源義経が弁慶や他のお供と参拝して白い旗を残したという白幡神社!  文化財研修記

千葉県銚子市中央町8−19には源義経公が弁慶・亀井六郎をお供に参拝し、白い旗(幡)を残したという白幡神社(しろはたじんじゃ)の伝説から来ています。白幡神社の祭神は、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)といい、父である大国主命の国造(くにつくり)の事業を助け、諸国を巡り土地を開き農民に耕作の道を教えた「開拓の神」とされています。境内には他に出雲神社と庚申神社(こうしんじんじゃ)が祀られています。白幡神社の東隣には出雲神社があります。出雲神社は、島根県出雲市にある出雲大社の分社で、因幡の白兎で知られる大国主命が祀られています。白幡神社と出雲神社の間に、庚申神社があります。以前は石社でしたが、現在ではそれを覆う形で木造の神殿が建てられています。この庚申神社の基となっている庚申信仰とは60日に一度巡って来る庚申(かのえさる)の日の夕方4時から次の日の朝4時までの間、人間が寝ている時に体の中にいる3匹の虫(三尸(さんし)が天に上り、その人の罪悪を天の神様に告げ、それにより命を縮めるという道教の信仰から来ています。この為、人々は庚申の日に悪事を告げ口されないように一晩中起きていたというとても庶民的な信仰です。これを“庚申待ち”或いは“守庚申”(しゅこうしん)といいます。庚申神社の裏手には庚申塔群をみることが出来ます。まず、見ざる聞かざる言わざるといういわゆる三猿を彫った塔で、延宝8年(1680)と彫られていることから、銚子で一番古い庚申塔だと考えられています。この庚申塔の裏側には荒野村の町割りが延宝2(1674)に始まって翌年の延宝3年(1675)に終了した。)と彫られており、銚子の歴史を知る上での貴重な金石文(きんせきぶん)となっています。また、仏様があまのじゃくを足で抑え付けている庚申塔や明和3年(1766)に建てられた大青面金剛童子(だいしょうめんこんごうどうじ)が彫ってある庚申塔で、奥州石之巻(宮城県石巻市)の船頭他乗組員が建てたことが彫られているものなどがあります。  白幡神社のもう一つの見所は、本殿の左右にある「金歯の狛犬」です。時代はわかりませんが、氏子の歯科医が遊び心で金歯にしたと言われています。  白幡神社には、かつて醤油蔵で働く人々が力比べをしたと思われる重さ60貫もある力石と呼ばれる石もあります。この石には、当時持ち上げることが出来た人や力比べ大会の世話人の名前も彫られています。
 
1.白幡神社の鳥居 
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2.手水舎
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3.見事な拝殿
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4.拝殿内陣には神輿が祀られている珍しい拝殿です!
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5.右側から拝殿後部と回廊と本殿を見ます!
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6.回廊と本殿
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7.本殿右側の庚申神社
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8.珍しい形の出雲神社
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9.本殿後部にある石仏群など
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