2006/11/10

300年間続く建田の金比羅宮宝永講秋季大祭  綾部の文化財

京都府綾部市(もと何鹿郡いかるがぐん)武吉町浦入14番地の浦入源伍氏宅で11月10日(金)「建田(たった)の金比羅宮宝永講秋季大祭」が催された。これは今から300年の昔、いわゆる天下分け目の合戦の後遺症で圧政に耐えられず、当時約200戸、武吉(たけよし)・佃(つくだ)・忠(ただ)村の地元民は、子孫と村の将来を考え窮状打破するため生命の危険を冒し、江戸幕府へ直訴(実情を訴える、直訴者は通常断罪)することを決意し、当時唯一集まりが許される神仏の崇敬講に着目し、金比羅講に結集、協議した。直訴には各村から一人ずつ3名の若者が選ばれ、内一人は母子二人暮らしであったが、息子の壮途に憂いを残さないため母親は自決した。3人はこのような村人の信心、あらたかな神の加護、窮状に共感をえて於与岐(およぎ)の素封家:吉崎氏より旅費の供与を受け直訴に出発し、すぐ様、追跡にあったが多くの人々や神仏に助けられ、無事に江戸幕府へ直訴を成し遂げた。このことは当時では全国的にもまれな幸運な成功であった。3人の帰路、藩の追及がその若者に及ぶことを恐れ、国境の通称いなば境で村役達は出迎え、ほんの心尽くしで、大根,柚子、唐辛子の生切れの肴で慰労会を開き、若い三人の身の安全のため、因果を含め今後地元へ帰還することなく潜伏生活を依頼した。ついで三人の偉業を子々孫々に顕彰するため、併せて神の加護を感謝して,今後1千年間金比羅講を続けると約束した。
 今年は11月9日(木)午後5時秋季大祭前夜祭11月10(金)午前6時秋季大祭・遥拝式、それから特別祈願拝(これは、家の中に入り久保宮司様による御祓いを受ける)志納料は各自の自由だが一人千円から、1万円もお供えされる人もある諭旨)午後3時頃秋季大祭終了報告会、その後、佃町からの出迎えを受け「戸渡しの儀式」をえて佃町の民家の講元へ、そこで「遷座式」が行なわれ、平成18年11日10日から翌年の11月10日まで毎月10日に月礼祭が行なわれる。そして、平成19年11月10日には忠町へ、平成20年11月10日には再び武吉町の民家へ遷座される。この浦入家の裏庭には「天正八年(1580)正月廿八日 奉斎 堀 土佐守藤原宗光 」の石碑と巨大な古木の梨の木があった。浦入の地名を姓に持つこの浦入氏は元地方の豪族であったと思慮する。参拝者は昔、数千人だった諭旨、だが今でも1,700〜1,800名参拝される。当会の会員吉美地区里町の木下清氏も参拝されたのに出会った。駐車場も地元の消防団の方々の案内で安心で無料です。

賑わう「建田(たった)の金比羅宮宝永講秋季大祭
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こんぴら大祭福引き会場
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絶え間ないお参りの人々
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絶え間ないお参りの人々(2)
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特別祈願を受けられるご夫婦
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3時からの秋季大祭終了式に参加する3ヶ町の代表講員
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「戸渡しの儀式」に参加する役員,いわれある大根、柚子、唐辛子の三種を使った膳。
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詳しくは綾部の文化財会報集録のこちらも併せてご覧ください
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/tatta/tatta.html



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