2013/9/28

紀州の文化財・史址を見る!23.熊野三山の一つ熊野速玉大社!  文化財研修記

 新宮市新宮1には熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)がある。熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。今から約2千年ほど前の景行天皇58年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と呼んでいます。御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)・熊野夫須美大神(いざなみのみこと)を主神に、十二柱の神々を祀り上げ、新宮十二社大権現として全国から崇敬を集めています。
 特に、孝謙天皇の御世、日本第一大霊験所 根本熊野大権現の勅額を賜り、熊野三山の中でも逸早く『熊野権現』の称号を賜りました。「権現」とは仮に現われるの意味で、神様は御殿の中のもっとも清浄な奥処に鎮まりましますので、私達の目にはそのお姿を直接拝することができません。そこでお姿を仮に仏に変えて、現世に現われるという熊野権現信仰が広まっていきます。
 奈良朝末期にいたって、熊野速玉大神は衆生の苦しみ、病気を癒す薬師如来として過去世の救済を、また熊野夫須美大神は現世利益を授ける千手観音菩薩、家津美御子大神は来世浄土へ導く阿弥陀如来として崇敬され、山伏や熊野比丘尼によって熊野権現信仰は飛躍的な拡がりを見せ、全国に数千に及ぶ御分社が祀られるにいたりました。
 中世、熊野信仰の興隆にともない、皇室、公卿、武士中心から庶民信仰へと発展し、過去世救済、現世利益、来世加護を説く三熊野詣でこそ、滅罪・甦りへ の道であるとして、「蟻の熊野詣」の諺のごとく熊野街道は賑わったのです。
 第1殿の祭神は国宝の木造夫須美(ふすみ)大神座像、第2殿の祭神は国宝の木造熊野速玉大神であり、神宝殿には約1000点もの古神宝類が所蔵されています。

1.熊野速玉大社の標柱と参道
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2.佐藤春夫先生の句碑
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3.入口鳥居
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4.摂社八咫烏神社(やたカラスじんじゃ)
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5.八咫神社と手力男神社駒札
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6.神宝殿
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7.武蔵坊弁慶の駒札
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8.国指定天然記念物「梛(なぎ)の大樹」
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9.大禮殿
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10.鈴門
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11.拝殿
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12.下記をクリックして「音声付動画」で拝殿周辺を見て下さい!
http://youtu.be/ln1xESviQkw

13.拝殿正面
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14.熊野詣の碑
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