2013/9/26

紀州の文化財・史址を見る!22.秦の始皇帝の命で不老不死の薬を求めて日本へ来た徐福の墓!  文化財研修記

 徐福公園(じょふくこうえん)は、和歌山県新宮市新宮7178番地にある、徐福を記念する公園である。元来この地には徐福の物とする墓があったが、平成6年(1994)の8月にそれを中心として今ではこの公園の目印ともなっている中国風の楼門を設置するなど、大々的に整備が行われ現在のような公園となった。
 伝承によると、徐福は秦の始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し、命を受けて財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出したというが、その内蓬莱に当たるのがここ新宮とされていて、徐福はその後新宮に住み着いたという。ここに住み着いた徐福とその従者たちは大陸からの文化や農耕、捕鯨や漁業に関する技術を新宮の人々に伝え、ここ新宮の地で歿したと伝わっている。
この公園にある徐福の墓は、江戸時代の元文元年(1736)に建立されたもので、紀州藩初代藩主である徳川頼宣が儒臣の李梅渓に「秦徐福之墓」の文字を書かせたものと伝わっている。
 徐福の墓新宮の古文書に元文元年(1736)付で「楠藪へ秦徐福の石塔立」と伝えられる。もとは和歌山藩初代藩主徳川頼宣が建立を目指したもので、藩の儒学者李梅渓に揮毫せしめたものと伝えられる。市指定文化財(史跡)。
 不老の池では7人の従者を象徴して7本の石柱があり、また7匹の鯉が飼われている。天台烏薬の木徐福の墓の脇には、徐福の求めた不老不死の霊薬の正体ではないかといわれる天台烏薬の木が植えられている。

1.徐福公園正面
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2.斜めから見る徐福公園入口
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3.公園内の売店
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4.公園内
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5.徐福像
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6.不老の池クリックすると元のサイズで表示します

7.徐福の墓の駒札
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8.同上
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9.徐福の墓
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