2013/9/24

紀州の文化財・史址を見る!21.熊野三山の一つ熊野本宮大社!  文化財研修記

 熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)は和歌山県田辺市本宮町本宮にある神社。熊野三山の一つ。家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)が主祭神です。明治4年(1871)に熊野坐神社(くまのにますじんじゃ)として国幣中社に列格し、1915年に官幣大社に昇格しました。宮司家は明治維新以降にまで京都府綾部市にあった綾部藩九鬼(くき)家が引き続いて、現在も菩提寺は綾部市の隆興寺にあります。
 現在の社地は山の上にあるが、明治22年洪水で流されるまで社地は熊野川の中州にあった。明治以後、山林の伐採が急激に行われたことにより山林の保水力が失われ、大規模な洪水が引き起こされ、旧社地の社殿は破損した。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、日本一高い大鳥居については前回説明しました。
「熊野権現垂迹縁起」によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされている。熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、その素性は不明である。太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがある。
 熊野本宮大社の国の重要文化財・建造物は熊野本宮大社第一殿・第二殿(西御前・中御前)熊野本宮大社第三殿(証誠殿)熊野本宮大社第四殿(若一王子)の3棟でが指定されています。
 第一・二殿は入母屋造平入り、桁行5間、梁間4間で、正面に庇を付し、正面の2箇所に木階を設ける。内部は桁行3間、梁間1間の内陣とし、3室に分け、左右の室に熊野牟須美大神と速玉之男神をそれぞれ祀っています。第一・二殿の向かって右に建つ第三殿と第四殿は同規模・同形式で妻入り、正面は切妻造庇付き、背面は入母屋造の特異な形式とする。柱間は桁行(本建物の場合は側面)2間、梁間は正面は1間、背面は中央に柱が立ち2間としている。これらの社殿は明治22年の洪水では流出を免れ、現社地に移築されたものである。各建物は入母屋造屋根を用いる点、木割が太く、装飾の少ない簡素な構成とする点に特色があり、床下に連子窓を設けるなど、細部形式にも特色がある。社殿の形式や配置は中世の絵画資料にみられるものと一致し、古くからの形式を保持していることがわかります。他に三角縁神獣鏡(県指定文化財)16面など多くの奉納された文化財があります。

1.熊野本宮大社周辺マップ
クリックすると元のサイズで表示します

2.熊野本宮大社標柱、鳥居、八咫カラスの幡
クリックすると元のサイズで表示します

3.熊野大権現幟旗の参道
クリックすると元のサイズで表示します

4.参道左側にある「祓戸大神」
クリックすると元のサイズで表示します

5.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します

6.石段参道を上る
クリックすると元のサイズで表示します

7.札所
クリックすると元のサイズで表示します

8.神門
クリックすると元のサイズで表示します

9.八咫カラス(由来)
クリックすると元のサイズで表示します

10.たらようの木駒札
クリックすると元のサイズで表示します

11.たらようの木
クリックすると元のサイズで表示します

12.熊野古道へ
クリックすると元のサイズで表示します

13.熊野古道の一部
クリックすると元のサイズで表示します

14.拝殿
クリックすると元のサイズで表示します

15.熊野本宮第一段の一部のが撮影できた!
クリックすると元のサイズで表示します

16.熊野本宮大社の公式サイトは下記をクリックして見て下さい!
http://www.hongutaisha.jp/

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ