2013/9/22

紀州の文化財・史跡を見る!20.熊野本宮大社旧社地・大斎原!  文化財研修記

 熊野本宮大社の旧社地の神が舞い降りたという大斎原(おおゆのはら)。 熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。当時、約11万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
 ところが明治22年(18889)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。
 かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。
 大斎原は、現在の熊野本宮大社から500メートルほど離れています。熊野本宮大社から道路を隔てて、日本一の大鳥居(高さ約34メートル、幅約42メートル)が見えます。その背後のこんもりとした森が大斎原です。

1.無料駐車場から約450メートルを歩いていきます!無料駐車場から見る日本最大の大鳥居!
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2.途中の熊野本宮大社末社「産田社(うぶたしゃ)
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3.高さ34メートル、横幅42メートルの日本最大の大鳥居
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4.熊野本宮大社旧社地・大斎原(おおゆのはら)碑
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5.見事な手水鉢
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6.大鳥居の駒札
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7.音無川の大斎原水害の駒札
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8.音無川の河原
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9.大斎原の碑
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10.大斎原跡地
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11.日本最大の鳥居を潜り駐車場へ戻る!
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