2013/8/29

紀州の文化財・史址を見る!8.昔七つあった高野山女人堂で唯一残った「不動坂口女人堂」!  文化財研修記

 高野山の諸堂を取り囲む峰々を繋ぐと蓮の花が開いた形をしているといわれます。その中でも弘法大師廟のある奥の院を囲む摩尼山、楊柳山、転軸山は高野三山と称され、女人禁制で山内に立ち入ることのできなかった女性が辿ったこの尾根道が女人道です。開山から一千年余り、明治5年(1872)に解除されるまで(山内居住が認められるのは明治39年以降)女人禁制はつづき、御廟を拝みたいという信仰の心や、身内で出家した人をひと目見ようとの思いでこの険阻な道を辿ったと言われています。
 高野山への七つの主な道は高野七口(不動坂口、大門口、龍神口、相の浦口、大滝口、大峰口、黒河口)とよばれ女性はそこからは山内に入れず、各入口には女性のための籠り堂として女人堂が建っていました。現在は不動坂口のみに女人堂跡が残っています。

1.不動坂口女人堂は「女人バス停」で下車すると目の前にあります。この地蔵様の横の道が女人道と呼ばれています。
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2.七つの女人堂で唯一残る不動坂口「女人堂」(正式には一心院女人堂です。)
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3.女人堂駒札
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4.女人堂を横から見る!
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5.女人堂正面
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6.一心院谷方面を見下ろす!
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