2013/8/5

畿内の文化財・史址を見る!53.東大阪市の延喜式内社の石切剣箭神社!  文化財研修記

 東大阪市東石切町1-1-1には古代の豪族の祖神饒速日尊(にぎはやひのみこと)と可美真手命
(うましまでみこと)を祀る石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)がある。 延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内小社(旧社格)。「石切劔箭命神社二座」。
「石切さん」「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれ、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名。 創建年代は、火災により社殿及び宝庫が悉く消失したため詳らかではないが、 代々の社家「木積」家には、皇紀2年に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを神社の起源とし、崇神天皇の御世に現本社に可美真手命が奉祀されたと伝わる。 現在確認できる文献では、日本三代実録(巻十一)に「貞観7年9月22日に河内国正6位の石切劔箭神社従5位下を授く」との記述がみられ、延喜式神名帳にも「石切劔箭命神社二座」とみられる。 宮山の地にあった祭祀の場は、いつの頃か現上之社の場所に遷され、さらに明治38年には現在の本社本殿に合祀された。 その後も、上之社のあった土地は、奥の院として信仰を集め、いよいよ再興の気運が高まり、昭和7年に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移し、昭和47年に往古の姿を取り戻した。
 摂末社には水神社亀の池が有名。祭神は罔象女神(みずはのめのかみ)と天水分神(あめのみくまりのかみ)。五社明神社祭神は恵比須大神、大国主大神、住吉大神、稲荷大神、八幡大神。神武社祭神は神武天皇。穂積神霊社乾明神社祭神は應壅乾幸護彦(おうよういぬいこうごのみこと)。應壅乾幸護大明神とされる。穂積地蔵尊神宮寺であった法通寺の地蔵尊を祀ったもの。
他に上之社神苑に「婦道神社」「八代龍王社」、上之社に隣接して「登美霊社」(祭神は饒速日尊の妃神である「三炊屋媛」)がある。


1.石切劔箭神社標柱
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2.境内案内図
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3.見事な絵馬堂(楼門)
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4.親子連牛像
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5.参道
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6.石の大鳥居
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7.「亀の池」の駒札
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8.本殿とご神木
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9.本殿の見事な彫刻
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10.見事なご神木のクスノキ
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11.摂社の一つ
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12.同上
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13.巨大な神楽殿
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14.摂社の一つ
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